Semantic Qualifierを意識した診断推論(臨床推論)に向けて
<目次>
先日、千葉大学の鋪野紀好先生が編集をされたレジデントノート増刊号『症候診断ドリル』をご恵贈いただきました。この書籍の特徴は23の症候診断の中でSemantic Qualifier(SQ)を意識した書籍であるという点です。
診断推論(臨床推論)において、SQは診断にたどり着くために、とても魅力的であると感じる一方で、SQを前面から意識した書籍は数少ないと感じます。今回は、このSQが素晴らしいかを深堀りしてみたいと思います。
1. SQとは何ですか?
まずは、Semantic Qualifier(SQ)とは何かをご存じの方もいらっしゃると思いますが、お付き合いください。
キーワードとなる臨床情報を医学的に分類し、より上位の概念に置き換え、普遍化した用語に置き換えます。そのプロセスで抽出された用語を、Semantic Qualifier(セマンティック・クオリファイヤー:SQ)と言います。
(出典)レジデントノート vol.23 No.2(増刊)『症候診断ドリル エキスパートの診断戦略で解き明かす必ず押さえておきたい23症候』
上位概念に置き換えるということで、堅苦しく考える前に簡単・身近な例を挙げます。ペットショップ〇〇店の〇〇円のシルバータビー(銀色)のアメリカンショートヘアという猫がいたとします。
ペットショップ〇〇店の〇〇円のシルバータビー(銀色)のアメリカンショートヘア < シルバータビーのアメリカンショートヘア < アメリカンショートへア < 猫 < ペット < …というような感じで、上位概念へと抽象化していくことで、ペット探しに役立つかもしれません。
このように、程よく上位概念にしていくことで見つけることに役立つかもしれません。臨床推論(診断推論)、さらには医療に限らずGoogleで日常的なことを調べたり、誰かに説明したりする際にも役立つでしょう。
では、具体的に症例で使ってみましょう!
2. 実際にSQを使ってみる
キーワードからSQへの変換の具体例を挙げてみます。
<キーワード>
・81歳
・失神の既往なし
・靴ひもを結んでいる姿勢での失神
・身体所見上有意な所見が認められない
↓
<SQ>
・高齢者(older adults)
・初発(new onset)
・座位での失神(syncope in sitting)
(出典)レジデントノート vol.23 No.2(増刊)『症候診断ドリル エキスパートの診断戦略で解き明かす必ず押さえておきたい23症候』
まずは、その症例からのゲシュタルト作りに役立ち、情報が探しやすくなったと思います。ここで、一般的な鑑別疾患を探してみて、診断仮説に基づき身体所見より先に進む、もしくは身体所見までで攻める問診や特異的な所見を探してみるというような事もできそうです。
今回の例では、失神の患者さんにおいて除外したい心血管性失神のうち、不整脈の可能性が高くなったようにも感じます。
他にも、診断推論を練習していくうえで用いた書籍にもSQを意識したものがあり、診断に対してはもちろん、短時間のカンファレンス(症例提示)でも有効であると感じました。
<症例提示>
狭心症、心房細動、糖尿病がある80歳女性が、3週間前からの上腹部不快感、嘔気、嘔吐と受診2時間前からの胸痛、呼吸苦を訴えて来院した。
認知症があり施設入所中である。もともと自力歩行可能であるが、3週間前より上腹部不快感、嘔気、嘔吐、食欲低下を訴えるようになってからは臥床がちとなっていた。上腹部不快感は食事中~食後に起こり、1~2時間すると改善する。発汗はないが、胸焼けと嘔気を伴っていた。徐々に食事摂取量が減少してきており、ここ1週間は‥‥(以下略)
↓
<SQを意識した病歴の要約>
狭心症、心房細動、糖尿病がある高齢女性に3週間前から進行する食中、食後の上腹部膨満感と嘔気、嘔吐、体重減少があり、来院2時間前から強い前胸部重圧感と呼吸困難、末梢チアノーゼをきたして来院した。
(出典)『診断推論 Step by Step 症例提示の6ステップで鑑別診断を絞り込む』
病歴の要約やゲシュタルト作り(illness script作り)にも、SQを身に着けたいものです。
3. 診断困難例で使ってみる
読んでいて、島根大学の和足孝之先生の書かれたセクション(嘔気・嘔吐)で、さらに気になるものを見つけました。次のようなE-diagnosisという手法にも、SQが使えるようです。
Additional filtersというところでCase reportだけを選択するようにするだけで自分の症例や鑑別疾患ときわめて類似した症例報告を集めることができます。また、このようにSQをいくつか複合的に検索するだけで、ほとんどの診断困難例の診断名が列挙されることが多いです。ぜひ診断に困ったら行ってみてください。
(出典)レジデントノート vol.23 No.2(増刊)『症候診断ドリル エキスパートの診断戦略で解き明かす必ず押さえておきたい23症候』
PubMedにて検索してみたところ、”older adults”, “new onset”, “syncope in sitting”の3つをキーワードにした際にはヒットするものがありませんでした(2021年3月31日現在)。それぞれのキーワードを失神(syncope)と合わせて検索してみました。
“older adults syncope”にてCase Reportsを指定して検索したところ、3,670件ヒットしました。たくさんヒットしすぎて、どのような診断があるのか、どのようなCase Reportsがあるのか絞り込めていない印象がします。
もっとキーワードを増やして、”older adults syncope in sitting”にてCase Reportsに絞り込んで検索をかけてみたところ、17件がヒットしました。その中から起立性低血圧のような明らかに違うものを除くと、具体的には下記のような原因・病態がありました。
- Platypnea-Orthodeoxia Syndrome
- 排尿性失神
- 肺癌によって誘発された神経介在性失神 →読み始めてみると起立性低血圧でした
- 大脳基底核の一過性の血行力学的虚血 →読み始めると起立性低血圧でした
- カルバマゼピンによって誘発された房室ブロック
- 延髄被蓋病変
- 僧帽弁置換の左房血栓
- 脊髄ブロック
- 房室解離
…
やはり、Case Reportsというだけはあって診断困難例向けですね。不整脈の類も含まれていてヒントになる気がしますが、やはり王道の診断(今回では不整脈等の頻度の高いものや重要なもの)を疑って、それでもはっきりしないときにCase Reportも検索するとより有効だと思いました。
4. 最後に
SQを意識すると、症例一つひとつから得られるものも多く、診断困難例をはじめ情報を探しやすくなると思いました。SQをより意識し、具体的に取り入れるきっかけとなる書籍をご恵贈してくださり、誠にありがとうございました。SQはじめ、気になる方はぜひ手に取ってみて欲しいと思います。
また、これをきっかけに臨床推論(診断推論)に興味を持ち、仲間と気軽に/自学自習してみたいという人がいらっしゃいましたら、下記も参考にどうぞ。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。
今回取り上げた書籍です。アマゾンの読者レビューをはじめ、気になる方はチェックしてみてください。
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本日、4月からの期待もありつつ不安の中で年度末(3月31日)を迎えました。これからも、マイペースで更新していきたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。