"Med-Hobbyist" 医学の趣味人 アウトプット日記

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多系統萎縮症(MSA)の症状の頻度と経過 ~ゲシュタルトと鑑別疾患~

多系統萎縮症(MSA)症状ごとの頻度経過

~MSAのゲシュタルトづくりと鑑別疾患まで~

 

<目次>

 

 

 多系統萎縮症(Multiple-System Atrophy: MSAが最終診断であるカンファレンスがありました。MSAの症状の経過は、排尿障害や起立性低血圧をはじめとするpremotor MSAからpossible MSA、probable MSA、Probable MSA、死に至りうるステージへと進んでいく経過があり、Clinical Manifestations様々な臓器・領域に渡ります。ここにMSAの臨床像の掴みにくさがあると思います。

 今回、これを深掘りしていこうと思います。

 

1.多系統萎縮症の分類と概要

 おそらく、この疾患(MSA)を国試で習ったもののあまり身近に感じられない人も多いと思います。実際に国試レベルを確認してみます。

 

多系統萎縮症

  • オリーブ橋小脳萎縮症(MSA-C)、線条体黒質変性症(MSA-P)、Shy-Drager症候群(SDS)の総称である

<分類>

 

初期には主症状が異なるが、進行すると小脳症状(運動失調、構音障害、平衡障害など)、錐体外路症状(筋強剛、振戦)などのパーキンソニズム)、自律神経症状(排尿症状、起立性低血圧など)が共通して認められる。自律神経症状による突然死に注意する。

 

病理学的にも小脳、脳幹、基底核、自律神経核の病変が共通する。グリア細胞内封入体がみられ、三者は同一スペクトラム上の疾患である。

(出典)CBT・医師国家試験のためのレビューブック 内科・外科 2022-2023

 

 こんな感じの解説を読むと、MSAのこと嫌いになりそうです笑 MSAの中での分類から「MSA-Cがオリーブ橋小脳萎縮症…?(合っています)」とごちゃごちゃになりそうに感じるからです。ここは、MSA-C、MSA-Pに統一して覚えていく方が得策かなと思います。

 MSA-Cとは、MSA with predominant cerebellar ataxia の略で、直訳すれば「小脳性運動失調優位のMSA」であり、小脳性運動失調(cerebellar ataxia)のCから来ています。MSA-Cの名前を英語の名を背景に覚えれば、まず混乱しないように思います。

 MSA-Pは、同様にMSA with predominant parkinsonismの略で、直訳すれば「パーキンソニズム優位のMSA」であり、パーキンソニズムのPから来ています。パーキンソニズムは錐体外路症状だと学んでいることと結びつければいいように感じます。

 

 さらに、分類についての記述を見つけました。

OPCA was redefined as MSA with predominant cerebellar ataxia (MSA-C). When autonomic failure predominates, the term "Shy-Drager syndrome" may be used.

(出典)UpToDate>Multiple system atrophy: Clinical features and diagnosis, last updated: Jan 05, 2022.

 

 先ほどの覚えにくいOPCA(オリーブ橋小脳萎縮症)という表現は今ではMSA-Cへと再定義されたようです。もちろん、コミュニケーションの過程で知っていることに越したことはないですが、わざわざ古い用語を無理してまで覚えるかは大学の試験等の環境次第だと思います。

 また、Shy-Drager症候群という呼び名は自律神経症状優位のMSAのときに用いられうる程度(”may”)のようです。名前はかっこいいですが、名前は後回しでもいいような気がします。

 

 まずは、MSAのうち、MSA-CとMSA-Pについての略記の背景を知ることで、それぞれ小脳症状、パーキンソニズムのどちらが優位なのかという判断ができるようになると思います。そして、レビューブックの多系統萎縮症の分類と症状については、この程度でよいということのようです。

 これでは、早くMSAに気がつくことが難しそうであり、MSAの進行とともにどのように症状が経過していくのかを調べてみようと思います。



2.MSAの経過

 MSAは経過とともにどのように症状等が進行していくのでしょうか。性機能障害や起立性低血圧が初期にみられるというような話を聞いたことがあります。症状などの経過、とりわけ初期にみられる症状などを深掘りしてみます。

 

 まずは多系統萎縮症の経過からチェックしていきます。スライドの症状等の記載位置(箇条書きの位置)は、経過時期に対応させて配置しています。

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多系統萎縮症(MSA)の経過

 MSAの経過としては、Premotor MSA、Possible MSA、Probable MSAというように進行していくようです。Possible MSAになると運動症状(motor synptoms)が生じるようです。運動症状が出てくるまで進行すれば、MSAを疑うことになりやすいと思います。

 ということは、それより前のPremotor MSA(motorより前)でどのように疑えるかということかと思います。Premotor MSAの症状として、性機能障害(男性の勃起障害)、排尿障害、REM睡眠行動異常、起立性低血圧あたりがヒントになりそうです。とりわけ、排尿障害や起立性低血圧による失神は受診契機にもなりそうです。

 

 

3.MSAの多彩な症状

 経過以外にも、NEJMのReviewに多彩なMSAの症状について書かれていたので、一部ヒントになると思います。

 

MSAの多彩な症状

神経

パーキンソニズム、小脳症状、錐体路症状、前頭葉機能不全

精神

抑うつ、不安

睡眠

REM睡眠行動異常、睡眠時無呼吸、日中の過度の眠気、むずむず脚症候群(レストレッグス症候群)

ENT

喘鳴、構音障害、発声困難、嚥下障害

循環

失神、起立性低血圧、食後低血圧、夜間高血圧、下腿浮腫

消化器

嚥下障害、便秘、下痢

泌尿器

性機能障害、尿意切迫、頻尿、尿失禁、尿閉、繰り返す尿路感染症

皮膚

発汗減少症、無汗症、血管運動異常

(出典)N Engl J Med. 2015 Jan 15;372(3):249-63. doi: 10.1056/NEJMra1311488.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 さすがに症状が多いですね。Premotor MSAの症状として、やはり排尿障害起立性低血圧はきっかけとして分かりやすい受診契機になりやすそうです。Motor synptoms以外であれば、発汗減少や睡眠(REM睡眠行動異常など)、便秘、下痢ですが、なかなか受診契機にもなりにくいようにも感じました。

 

 このNEJMのReviewには、病態や経過、多彩な症状のイラスト等もありますので、ぜひアクセスしてみてください。さらに、症状が診断時にどの程度みられるのかなど、定量的な文献を深掘りしてみたいと思います。



4.症状の深掘り ~MSA-CとMSA-Pの比較~

 MSAの症状の定量な記述のある文献を探して、症状の頻度を具体的に探してみました。そうしたところ、日本の論文を見つけました。日本の大学病院ならびに市中病院での142名のMSAの患者(probable MSAのcriteriaを満たす患者)の後ろ向き研究です。

 

MSA患者像

  • 全体: 男性84名、女性58名
  • 初発症状のみられた年齢: 58.2±7.1歳(38-79歳)
  • 初期にMSA-Cに分類された患者は119名(83.8%)、MSA-Pに分類された患者は23名(16.2%)
  • 男女比(男:女) MSA 1.4:1、MSA-C 1.5:1、MSA-P 1.1:1
  • 平均フォローアップ期間 2.5±1.7年(1-13年)
  • 発症年齢、フォローアップ期間のいずれもMSA-CとMSA-Pの両者に有意差はなし

 

MSAの初期症状

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MSAの初期の神経所見

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(出典)J Neurol Sci. 2006 Nov 15;249(2):115-21. doi: 10.1016/j.jns.2006.05.064.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 日本では、とりあえずMSA-Cが多そうです。そして好発年齢も診断推論には大切で、年齢も60歳弱ぐらいが多いようです。

 初期の症状や神経所見も、診断のためという意味でもとても参考になると思います。初期の症状では、自律神経症は2割程度で、運動症状多く7-8割程度、中でも歩行障害が多くを占めています。自律神経症状でもMSAを想起することを忘れないというような感じでしょうか。一方で、初回の神経所見では、神経因性膀胱起立性低血圧といった自律神経障害が7割程度もみられ、あとは分類に合わせて小脳失調やパーキンソニズムがみられるといったところです。

 この論文には、最後の症状や所見のみられる割合や、MRIの所見・所見の変化が分かる表まであります。診断後の疾患の経過を含めたゲシュタルトの把握にも役立つと思います。気になる方は、論文にアクセスしてみてください

 さらに詳細を見ていくと、MSA-Cでは最終的に小脳症状が100%(当たり前と言えば当たり前)であり、MSA-Pでは最終的に小脳症状が69.6%であることた、MSA-Cでは最終的にパーキンソニズムが42.0%であるのに対し、MSA-Pではパーキンソニズムが100%(当たり前と言えば当たり前)というようなことも分かります。

 

 運動症状(motor synptoms)が生じた際も、パーキンソニズムや小脳失調症状が生じた際にはMSAも鑑別疾患にお忘れなくということですね。ここまでMSAの症状について深掘りしてきましたが、こうやって学ぶと何でもMSAに見えてくる可能性(バイアス)もできてしまいそうですね。最後にMSAの鑑別疾患を調べて今回は終わりにしたいと思います。



5.MSAの鑑別疾患(mimics)

 MSAを考えた際のPivot and Clusterを考えるヒントとなるような鑑別疾患(mimicking condition、mimic、mimicker)を探してみました。次のような鑑別疾患・病態が考えられるようです。

 

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(出典)Parkinsonism Relat Disord. 2016 Jan;22 Suppl 1:S12-5.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 パーキンソン病のように当たり前のものから、アルコール薬剤性といった様々なところでCommonな原因、HIV感染症のような何でもありなものまでありました。はじめから鑑別疾患に挙げるのは難しいような疾患も多数あるように感じます。さすが、神経変性疾患の鑑別とでもいうべきでしょうか。

 さすがに、ここまででなくても、性機能障害、起立性低血圧をはじめとする自律神経障害、排尿障害というような運動症状以外の症状や、運動症状からMSAを想起しつつ、しっかりと鑑別診断(臨床推論)ができるように頑張れればと思います。



 本日もお読みくださり、ありがとうございました。