医学書Log(<書籍紹介)
『症例検討から学ぶ 診断推論戦略』
- JUGLER 代表編集者: 多胡雅毅,鋪野紀好,編者: 志水太郎,佐々木陽典,和足孝之,高橋宏端
~GIMカンファレンスLiveの書籍版!?~
<目次>
今回は診断推論(臨床推論)関連の書籍です。いつも、医学書ログを何にしようか悩むのですが、治療・薬関連は規約等で面倒なことになっても嫌なので内容が偏りがちなのはご了承ください。
この本では、実際のカンファレンスのような対話形式で、解像度を上げて思考過程を垣間見ることができます。
【こんな人におすすめ】
- GIMカンファレンスが好き
- 診断の思考過程に興味がある
- 症例の中で解像度を上げて学びたい
GIMカンファレンス(症例検討カンファレンス)を文字起こしして書籍にしたような内容です。対話形式で進みます。そのカンファレンスの過程で診断の思考を学んだり、疾患の診断に役立つ特徴や気づきを学ぶことができます。
1. 本書の概要/特徴
上記の「こんな人におすすめ」という部分の記載や編集の先生方のお名前だけで、ある程度内容が分かる、内容が想像がつく人は、そもそもこの領域の内容に興味があって、ある程度知っている人でしょう。そして既に書籍について知っている可能性も相対的に高くなります。
そうではない人向けに本書の特徴を紹介したいと思います。まず、14症例と診断学に関連するコラムが2つあります。そのうち、メインは症例を診断する過程のカンファレンスの部分になります。
<症例検討の主な流れ>
- 現病歴
- Review of System
- 既往歴、服薬歴、生活歴、家族歴
- 身体所見
- 検査結果(一般的なもの
- 追加検査
- 診断→経過
この流れ自体は診断推論(臨床推論)を症例ベースで学ぶ他書でも似ているでしょう。Review of System(レビュー・オブ・システム,ROS)とは、様々な症候の有無を一覧にしたようなものです。検査結果も診断の手がかりになる部分だけの切り取りではなく、一般的な結果を全般的に見せてくれるのも、目の付け所からの練習になると思います。
この書籍の特徴はこれより深いところにあります。現病歴等を与えられて、それだけで考えるわけではありません。さらに詳しく情報収集(問診等)をしていきます。そこが無味乾燥した教科書の記述とは異なり、「あの疾患のあの特徴はここで活きてくるのか」というようなことや、「こういう情報(症状・既往歴・身体所見など)が次への手がかりになるのか」というような視点で臨場感を持って学びやすくなります。
他にも、Pivot and Clusterの使い方の参考にもなります。そういう意味では中級者ぐらいから向けでしょうか。さすがに、初歩的な腹痛の鑑別を網羅的に挙げるというようなところからではありません。現病歴を少し聞いて、そこからPivot(Most likely)と考えられるものを挙げて、鑑別疾患となるCluster(likely)を考えていくことになります。この書籍の中でも意識されています。
Pivot and Clusterという診断手法(System 3)に関しては、この書籍の編集者でもある志水太郎先生の『診断戦略』という書籍があります。さらに、想起しやすいPivot(疾患)をもとに、具体的なPivot and Cluster〔具体例: くも膜下出血(Pivot)の鑑別疾患(Cluster)〕を挙げていく、『臨床推論の落とし穴 ミミッカーを探せ!』というような書籍もあります。その鑑別疾患ごとの特徴もまとめられています。
また、Pivotとなる鑑別疾患を挙げて行く際のヒントとして、Semantic Qualifier(SQ)を意識したりもします。症例報告や検索の際にも役立つような概念で、上手に抽象化していきます。SQに関して、詳しくは過去の記事をご覧ください。
2. 具体的な魅力
ネタバレにならない程度に印象的であった具体的な魅力も挙げてみたいと思います。
症例1(29歳男性、主訴発熱、臀部に安静時痛があるが…)
まずは、現病歴にも挙げられる臀部痛についても、左右差とか部位(例:正中寄り)のような情報を詳しく質問しています。これが、両側性であれば全身的な原因というように絞り込んでいくヒントになります。このような視点でどんどんと情報が研ぎ澄まされていきます。もちろん、不明熱(Fever of Unknown Origin: FUO)についても触れられています。
やはり何といっても個人的に一番印象的であったのは、Review of Systemの陽性項目に対する議論のところです。この症例のReview of Systemには陽性項目が多数あります。どの症状が特異的であるか、診断に役立つか、ノイズであるかというような思考過程も言語化されています。
先日のChatGPTに関するブログ記事で国試117C67の鑑別診断を考えてもらった際に、「既往歴のアトピー性皮膚炎は病気とは関係ない」と誤った解釈をしていました。この辺りの考察過程は専門性として参考になるのではないでしょうか。これゆえにChatGPTで試してみたいと考えました。後ほど、試してみたいと思います。
症例10 (「突然発症」と「慢性炎症」を結びつけるものは?)
まずはこのタイトルからも惹かれるものがあります。オッカムの剃刀とヒッカムの格言の両者のせめぎ合い、使い分けのような部分を感じるからです。
オッカムの剃刀とは、診断においては原因となる病気はひとつであるというような考え方です。ヒッカムの格言とは、診断において原因となる病気は複数あるというような考え方です。この症例では、突然発症の疾患と、慢性炎症がそれぞれ存在するのでしょうか。それとも1つの疾患で説明がつくのでしょうか。とてもワクワクして読みました。結末は書籍をご確認ください。
他にも、突然発症ということですが、本当に突然発症であるかを確認をするための問診の仕方の参考となるような内容をはじめ、参考になることがあると思います。コラムにも、『あなたは「突然発症の病歴」をとれていますか』というようなものもあります。是非、目次で症例やコラムも確認できますのでチェックしてみてください。
一部、タイトルで最終診断が分かってしまうようなネタバレ症例がありますが、それだけはちょっと思考停止(早期閉鎖しがち)でぼんやりと読んでしまいました。むしろ、そのタイトルこそ、パールなり、”Take Home Message”のようなお持ち帰りポイントで良かったのではないかと思います。
3. ChatGPTに鑑別疾患を列挙させてみた!
先述のように、症例1でReview of System(ROS)の陽性項目が多数ありました。これをChatGPT(GPT-3.5、拡張機能なし、2023年5月)がどのような鑑別疾患を列挙してくるのかを興味本位で調べてみたいという実験です。候補を列挙することはChatGPTが得意なことのひとつでもあると考えています。これ加えて、このような実験をする理由は先述の通りです。
先日のブログ記事で国試117C67の鑑別診断をChatGPTに考えてもらった際に、「既往歴のアトピー性皮膚炎は病気とは関係ない」と誤った解釈をしていました。症例としては感染性心内膜炎と細菌性動脈瘤、そしてその動脈瘤の破裂による脳出血という国試の臨床問題でした。アトピー性皮膚炎が関係がないとは言い切れないわけです(詳しくは下記をご覧ください)。
この辺りの考察過程は専門性として参考になると考え、多数あるReview of Systemの陽性項目のうち、どれをChatGPTは重みづけしてくるのでしょうか。チェックしてみたいと思います。
本症例のタイトルに当たる部分を加味して、「29歳男性で主訴発熱で、臀部に安静時痛があります。他にも、下記の症状等が陽性です。」として、それ以下にReview of Systemでの陽性項目を入力して、鑑別疾患を尋ねてみました。
すると、これら3つを鑑別疾患に挙げてきました。多発性硬化症、SLE、強直性脊椎炎です。強直性脊椎炎の英語表記がカタカナ交じりになっていますね(笑) 本質的な部分ではないですが、正しくはAnkylosing spondylitisです。
大きくズレているとも言い難いものの、最終診断とは合致しません。ネタバレを防ぐためにも、Review of Systemの陽性項目は大項目だけを挙げるにしても、全身症状、頭頚部、皮膚・爪、消化器系、内分泌系、筋・骨格系、膠原系、神経系、精神系と多岐に渡って陽性です。
細かいところでは、「この症状は以前からあった」というような判断に活かせる詳細も複数記載されています。その辺りの文言の削除によって検索結果が変わるかも試してみました。途中で鑑別疾患を5つ教えてと文言を変えてみたため、提示された鑑別疾患が5つになりました。また、鑑別疾患に対する説明がなくなってしまったので、「なぜか」も尋ねてみました。
鑑別疾患は多少変わりました。これも最終診断がバレてしまって、読者の楽しみを半減らさないように答えれば、近からず、遠からずといった印象です。「なぜか」という文言により、ちゃんと説明してくれています。結構、参考になる面もあるのではないでしょうか。膠原病等の診断を普段から行っていない人にとっては助けにもなりそうですし、医学生の診断推論(臨床推論)を学び始めたときぐらいであれば、参考になりそうです。事前確率の問題や、この先の検査結果での人における思考の変化もあるので、ぼちぼちだと思います。
Review of Systemの陽性項目がこの症例のように22個と多数ある場合の、特異的な症状等はどれか、以前からの症状も含めた重みづけ/有意なものはどれか、というような視点までChatGPTでは説明してくれるのでしょうか。再度、尋ねてみました。
やはり、先ほどと同じように各陽性所見から考えられることを述べるに留まっています。プロンプト(使用する状況等の設定)の制約でしょうか。それとも情報ソースの限界でしょうか。いずれにしても、数学的に最適な近似解を出すためのブラックボックスのような状況です。そういう意味でも、この書籍の中での、Review of Systemの陽性所見のうち、特異的なものや診断に役立ちそうなものを考えていく過程というのは学習として有意義なものだと感じます。
あとは、ChatGPTは与えた情報を処理することが得意で、ChatGPT側から上手に質問して詳細情報を詰めていくことは、今のところは基本的には難しいと考えています。今回の簡単な現病歴から、さらに必要な現病歴等の詳細情報を集める(問診を取る)部分も、今のところはプロの技の見せどころでしょう。
<追記>
JAMA Internal Medcineから、臨床推論におけるスタンフォード大学医学部1、2年生とChatGPTの比較が行われました。ChatGPT-4では、概ね医学生(メディカルスクール 1-2年生)を上回る成績のようです。初心者の学びにも使うことができるという示唆や人としての医師の在り方を考える示唆にもなるでしょう。
(出典)JAMA Intern Med. 2023 Jul 17;e232909. doi: 10.1001/jamainternmed.2023.2909.
Kindleのサンプルでも、症例1のReview of Systemの途中のところまで読むことができます。是非、Review of Systemの記述も読めるところまででも読んでみてください。
【補足】他の本との比較(近刊)
他の本との比較です。先日、SDH診療の実践を謳う書籍を読む機会がありました。健康の社会的決定要因(SDH)に関するテーマが包括的にファクトベースで丁寧に書かれています。手に取りやすい良い本でしょう。ただし、臨床に落とし込むという視点で読むと、具体的に落とし込むには、その落とし込むための部分の記載の解像度が足らないというのか、キレイごと感を受けました。
***(以下、詳細)***
例えば、貧困・生活困難のページを読みました。SDHを扱うためなのか、締めくくりの提案で読んだ内容が、「直ちに解決できないため、中腰で粘り強く患者の関わる…(中略)、「それでも診続ける」姿勢である」と書かれていました。そこでの私自身の心から勢いよく飛び出してきた感想は、「えっ、実践を謳っているんじゃないの?それで具体的にやれそうな対策は?」でした。ふわっと理想を言うのは易し、そこからの実践は難しといった感想でした。
貧困の定義やデータを用いた現状の説明など、丁寧に書かれています。対策としてミクロレベルの説明も、その章の数行の例(糖尿病)に則って、その症例の糖尿病治療薬のお金のことについて触れられています。しかし、あくまで具体例はこの症例に留まっていたり、患者にどう切り出すかというあたりも、解像度を上げた実践というよりは抽象的な説明に留まっています。具体的には読者で考えてくれということなのかもしれません。そして、締めくくりの提案まで、その色は拭えない印象を受けました。実践を謳うにしては、SDHに対して現場で介入できそうなことを具体的に考えるヒントとしては物足りなさを感じました。臨床をしながら普段の現場で持続可能な形で実践者になるにはどうしたらよいのかのヒントを探していましたが、弱者の代弁者や理想的な持論を述べるアドボケートに留まりがちな印象です。対立や衝突を避け、ちょっときれいごと止まり感があります。身近な所で例えると、建前としてきれいごとを言うものの、活動や寄付・募金等をしていないような状況でしょうか。気持ちよくなるかもしれません。もちろん、そこまでの丁寧な説明まででも読む価値はあると思います。
現場と家庭医療学や公衆衛生との乖離なのか分かりません。そして、医療社会学でも話題に挙がる健康至上主義のような、どこまで医師や医療が介入したり、価値観を押し付けたりすべきことなのかも難しい問題です。健康や医療がその人の生活の中心とは限りません。若い人であれば、なおさらです。皆が育ちも、環境も、考え方も異なるということを忘れた表面的な「思いやり」によって、多様性を無視した一方的な価値観の押し付けにもしたくないと考えています。「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」というような考えもあります。医療機関というのはあくまでも様々な行政等との結節点として、「水飲み場を近くにする」ことぐらいの機会を提供しやすくするような、何かできることがあるという程度からでしょうか。個人的な事情はもちろんのこと、SDHにも医療以外の公共的なサービスが必要な面が多数あります。
何より、いくら理念はしっかりしていて理想は素晴らしくても、実臨床に落とし込むのが難しく苦労していると感じます。ゆえに、実臨床(現場)への落とし方こそがこ大切ではないのか、この本の監修やタイトルからは乖離しているのではないか、という疑問が生じました。特定の診療科の「専売特許」ではないですが、特に監修でプライマリ・ケアの名を用い、実践を謳ったタイトルをつけているので期待していました。しかし、臨床現場でちょっとそこから実践で使って見れそうなヒントが少なく、そこが残念でした。
例えば、SDHへのアプローチの考え方で、「医療専門職だけで完結できるものではない。無理に自分たちでだけで対応すると、手痛い失敗をする可能性がある」や「条件が整っているなら、餅は餅屋に任せるべきだろう」というように、人々の社会的課題を扱うところに任せた方が良いことが多いと、ちゃんと言及されています。そうであるにも関わらず、プライマリケア(総合診療・家庭医療)側が監修に入って、臨床で出しゃばる印象を誘うように実践を謳ってしまったのか、社会疫学の先生を軸とした本として実践を謳うことなく出せば、期待通り良い本だったと言えばよいのでしょうか。それとも、SDH診療という気持ちの良さそうな単語で夢見がちな人を釣り上げて、臨床でできそうなことという現実を突きつけるという良書でしょうか。
SDH診療を意識することが必要な場面では、それなりの「覚悟」や、ふとした時の相手の言動等に対する陰性感情との戦いが必要な場合が多いはずです。理想だけであれば、なおさらマインドでもよいかもしれません。ブログ執筆時の思い付きなので有効かは分かりませんが、例えば、ホットコール的な電話番号やちょっとした説明やイラスト等の書かれた紙を診療明細書・領収書、処方箋等と一緒に渡すとか、自分自身の環境に適用しようと考えるヒントのようなものがあれば、実臨床に落としやすいと感じました。もちろん、公共セクターではなく、個人の診療所であればあるほど、かけられる時間も費用も人も有限であることも忘れてはならないでしょう。人を雇ったり、機器や物を買っているからには赤字では継続できません。
その本と比較すると、今回のReview of Systemの陽性所見の取扱のような具体的な話に触れることは、思考過程を応用して使うという視点で有効だと思います。「特異的なものやノイズを意識しましょう」だけでは伝わらない思考過程の部分を書籍の会話形式のカンファレンスの中で解像度を上げて解説してくれています。
4. まとめ
診断推論戦略の良さは思考過程を見せてくれるところだと思います。例えば、今回取り上げたようなReview of Systemの陽性項目が多い場合の絞り込みの際の思考過程のようなものであったり、慢性炎症と突然発症を1つの疾患/複数の疾患と考えるのか、というようなところだと考えています。
そして、ChatGPTも捨てがたく、普段から診断していないような人や学生さんの補助ツールや想起のヒントとしても使えるようにも感じました。
診断推論(臨床推論)に興味がある方はこちらもよろしければ、ご覧ください。記事の途中で話で触れた『診断戦略』や『臨床推論の落とし穴 ミミッカーを探せ!』をはじめ、自主学習用の教科書・テキスト等の紹介もあります。
ChatGPTについて興味を持った方はよろしければ、こちらもご覧ください。
おかげさまで、名古屋に行ったことによるモヤモヤを発端にする先日の読書Log『夢を売る男』での掃き溜め以降、「便所の落書き的な医療への類推・感想」に記載の通り、徐々にではありますが、「あの辺」と距離を置くことができました。すると、ストックの記事もいったんなくなりました。
また、アウトプットとしても、問題演習の延長から公開を前提としない方法も多数あります。月に1記事ぐらいは維持したいと考えていますが、ブログの更新ペースを落として不定期で続けていこうと思います。
本日もお読みくださいましてありがとうございました。
今回、取り上げた書籍です。Amazonの商品説明やKindleのサンプルから目次(症例のタイトル)等もチェックすることができます。また、Kindleのサンプルで症例1のReview of Systemの話の途中までも、とりあえず読むことができます。気になる方は、チェックしてみてください。
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