壊死性筋膜炎 vs. 蜂窩織炎
~LRINEC Scoreを深掘り~
<目次>
「蜂窩織炎の疑い」と聞いて、「壊死性筋膜炎の可能性は?」とふと思うことがあります。皮膚所見をそんな上手に取れるわけでもなく、重症で致死率の高いとされる壊死性筋膜炎と、蜂窩織炎などの軟部組織感染症を区別する良いものはないのかというところでLRINEC Scoreに出会った人も多いと思います。
LRINEC Scoreは壊死性筋膜炎に対する臨床予測ルール(Clinical Prediction Rule: CPR)のひとつです。CPRとして他にも虫垂炎のAlvarado Scoreや肺塞栓のWells Criteriaの辺りが有名かと思いますが、今回はLRINEC Scoreや壊死性筋膜炎ついて深掘りしてみたいと思います。
1. 壊死性筋膜炎らしさ
まずは、壊死性筋膜炎と蜂窩織炎を区別する際の簡単なチェックポイントから挙げてみたいと思います。
<壊死性筋膜炎らしさ>
バイタルサイン;ショック
- 見た目と不釣り合いな頻呼吸、頻脈、血圧低下
視診と触診のギャップ
- 発赤の範囲を超えた皮膚の圧痛
循環不全による紫斑・壊死
- 紫斑上での痛覚の脱失
肝不全をはじめとする免疫低下はリスク
- 黄色ブドウ球菌、A群β溶連菌、嫌気性菌に加え、ビブリオ・バルニフィカス(キーワード:魚、海)
確かに有用な問診項目や身体診察となりそうです。ビブリオ・バルニフィカスについては有明海沿岸の県は多いものの、全く発生件数のない北海道・東北地方などもあり、発生件数(事前確率)には地域性があります。詳しくは下記の厚労省のページの「日本での発生状況」をご覧ください。
さて、壊死性筋膜炎を想起するヒントのようなものは多少なりとも掴めましたでしょうか。そのような時、「次の検査・手順は、MRI?造影CT?」のようなことを思った過去があると思います。壊死性筋膜炎か蜂窩織炎かを迷ったとき、それらしい項目を調べても結局どっちだろうと思うことがありました。
その際に過去に調べてすぐに見つかったのが、LRINECスコアでした。壊死性筋膜炎が疑わしいときに採血で蜂窩織炎と鑑別するための臨床予測ルール(CPR)になります。それを次の章で扱いたいと思います。
2. LRINEC Score
LRINEC Score(ライネックスコア)は見逃すと怖い壊死性筋膜炎と、蜂窩織炎をはじめとするその他の軟部組織感染症の区別のために作られた臨床予測ルールです。
チェックの際に採血で必要な項目は、血清CRP、白血球数、ヘモグロビン値、血清Na、血清Cre、血糖値(血清グルコース)という一般的な項目です。LRINECがLaboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitisに由来していることを考えれば、壊死性筋膜炎らしさを評価する指標として、これらの一般的な血液検査が用いられているのも納得です。
それでは、さらに深掘りしていきます。
壊死性筋膜炎と他の軟部組織感染症の鑑別
- チャンギ総合病院(単施設)の医療記録における後ろ向き研究
<LRINEC* Score>
項目
スコア
血清CRP (mg/dL)
<15
0
≧15
4
白血球数 (/µL)
<15,000
0
15,000-25,000
1
>25,000
2
ヘモグロビン値 (g/dL)
>13.5
0
11-13.5
1
<11
2
血清ナトリウム (mmol/L)
≧135
0
<135
2
血清クレアチニン (mg/dL)
※141 µmol/Lを換算
≦1.6
0
>1.6
2
血清グルコース (mg/dL)
≦180
0
>180
1
*LRINEC: Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis
LRINEC Score 6点以上をカットオフ値とすると、陽性的中率は92%(95% CI, 84.3-96.0)、陰性的中率は96.0%(95% CI, 92.6-97.9)であった。また、8点以上をカットオフとした場合の陽性的中率は93.4%(95% CI, 85.5-97.2)であった。
LRINEC Score≦5点の群では、壊死性筋膜炎である可能性は50%未満、6-7点の群では50-75%、8点以上の群では75%を超えていた。
LRINEC Score 6点以上の患者では、壊死性筋膜炎がないかを注意深く評価すべきである。
他にも、血液検査のうち、ESR、年齢、血清Cl、血清K、Urea、性別、血小板数も壊死性筋膜炎群とコントロール群(蜂窩織炎または膿瘍で入院)で比べられていたが、有意差はなかった。また、壊死性筋膜炎群とコントロール群との間の患者比較では、合併症の有無(糖尿病、末梢血管性疾患)、体温(>38.0℃)、低血圧、多臓器不全、死亡率も両群で比較されていた。例えば、壊死性筋膜炎群とコントロール群の死亡率もそれぞれ21.3%と1.3%、糖尿病の合併の割合はそれぞれ70.8%と51.6%、低血圧となる割合はそれぞれ18.0%と2.7%であった。
(出典)Crit Care Med. 2004 Jul;32(7):1535-41. doi: 10.1097/01.ccm.0000129486.35458.7d.
単施設での研究です。自身の環境との違いによって事前確率や自身の環境への適応具合も変わってくるでしょう。
患者背景をチェックしていきます。有意差のなかった検査項目について、有意差とまではいかなくても少しぐらいは参考にできる部分もありそうです。また、壊死性筋膜炎群とコントロール群の死亡率もそれぞれ、21.3%と1.3%と大きく異なったり、糖尿病の合併の割合も70.8%と51.6%であったりと、ショックのヒントにもなりうる低血圧もそれぞれ18.0%と2.7%というように経過のヒントや患者背景というようなことが推測でき、結構興味深いものです。
主旨としては、LRINEC Score 6点以上は壊死性筋膜炎の可能性が高いということが分かり、さらにどの程度かが分かりました。それにしても、6点未満でも全然否定しきれないということも注意事項だと思います。また、5点未満を「低リスク」と論文中では表記していますが、これもどうなのかという感じがします。そのため、壊死性筋膜炎の可能性のグラフから点数ごとの壊死性筋膜炎の可能性をイメージしておいた方がよいかもしれません。壊死性筋膜炎ではなさそうだと思った際に、LRINECスコアも0点や1点だと気休めになる程度でしょうか。
結局は臨床予測ルール全般に言えることですが、一般的な検査結果の「集合体」であるLRINECスコア(臨床予測スコア)は「クリアカットではない」という当たり前のことでしょうか…。それでも、詳細を把握しておくことで解像度が上がって参考になる部分が増えて、活かしやすくなると思います。出典には、ROC曲線はじめ詳しく載っています。詳しくは出典もご覧ください。
3. 修正版LRINECスコアの提案
先ほど挙げたLRINECスコアが主流だと思いますが、他にもこのLRINEC Scoreに症状や身体診察等も盛り込んだmodified LRINEC Score(修正版LRINECスコア)を提案しているものも一部にあるようです。
- 追加したパラメーター(項目)を検証するために、さらなる研究を行う必要がある。
(出典)Ann R Coll Surg Engl. 2017 May;99(5):341-346. doi: 10.1308/rcsann.2017.0053.
検査項目として赤血球数とフィブリノゲンが増えていますね。他にもクレアチニン値も微妙に違います。確かにこれなら、modified LRINEC Scoreと言えそうです。一方で、疼痛や発熱、頻脈、急性腎障害の兆候という項目は、LRINECのLのLaboratoryではないので、臨床予測ルールとしては改名は必要かもしれませんね(笑)
冗談はさておき、疼痛の程度や発熱、頻脈、急性腎障害の徴候(←おそらくショックより)というのは、検査の前に問診や身体診察でチェックする項目として参考になると思います。この文献では詳しく感度等について研究していたわけではないですが、修正版(modified)に関して、臨床予測ルールとして症状や身体所見等も入れるということは、他の臨床予測ルールでも見られることで、むしろ自然な流れかもしれません。問診・身体所見を含めないで検査結果だけで判断しようという、もともとのLRINEC Scoreが限定的(難あり)とも言えるでしょう。しかし、一方でチェック項目(パラメータ)が多くなりがち、血液検査だけではないというような煩雑性や、利便性の低下も感じました。
もちろん、臨床予測ルールは閾値で機械的に白黒つけられるものではなく、それらしい可能性を高めたり、下げたりする補助ツールひとつです。いくら点数が高くても/低くても、感度100%とか特異度100%のものではない点も注意が必要でしょう。また、論文と全く同じ環境・条件ということもありません。さらに、スコアリングには書かれていない項目でも、その疾患らしいゲシュタルトの1つになるものもあります。
臨床予測ルールのチェック項目はもちろん、その元となる尤度比等も、疾患らしさのヒントになればと思います。
4. 最後に
LRINECスコアの方が現在でも使われています。診断特性やROC曲線(AUC)などを知ることで、点数ごとのグラデーションのようなものが分かると感じました。LRINECスコア5点以下で低リスクとしていますが、0点や1点であればまだしも、5点のときには50%弱まで壊死性筋膜炎の可能性があります。否定のための補強としても使いにくいというように感じました。
また、その疾患らしい項目(尤度比の有意差のある項目等)からスコアリングを作ることの難しさも感じました。項目が多ければ多いほど単純に精度が上がるわけでもなく、利便性も低下してしまうため、ちょうどよい項目(パラメータ)の組み合わせの選出の難しさを感じました。
臨床予測ルールも、何かを想起するきっかけとして役立つでしょう。また、あんちょこ本で当てはめて使うだけでなく、深掘りしてみると新たな発見があったり、深みが増したりすることがあるでしょう。そして論文のセッティングと比べて、自身の環境にどの程度適応できるのかも考えてみるのはいかがでしょうか。
本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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