比較的徐脈(相対的徐脈)
~多彩な原因と所見の特異性・重要性は?~
<目次>
最近、ふとした勉強会のような場所で「比較的徐脈の所見は特異的ではない」というような文献があるという噂の話になりました。これをきっかけに比較的徐脈(相対的徐脈, relative bradycardia)をちょっと深堀りしてみたいと思います。
(注)2024年3月28日に加筆のうえ、URLを変更致しました。
1. 比較的徐脈と言えば…
あまり馴染みのない方もいらっしゃるかもしれません。比較的徐脈といえば、体温の割に心拍数が低いという程度の認識の人もいると思います。
そのような比較的徐脈ですが、まず国試で比較的徐脈と言えば、
あたりでしょうか。
そもそも、すべて感染症ですね(笑)比較的徐脈かどうかのひとつの目安として国試前に少し勉強会に参加したことがある人ならば、39℃110番(39℃でHR 110/min)ぐらいを目安に覚えている人はいるかもしれませんね。
実は調べてみると、もっと他の原因があったり、「体温の割に心拍数が低い」とする閾値が異なったものを提唱されたりしているものがあります。
2. 比較的徐脈の深掘り -多彩な原因-
では、比較的徐脈について調べてみたいと思います。
まずは、おそらくこれが噂のReview Article(総説)であろう、というものから簡単に読みました。
The Clinical Significance of Relative Bradycardia
Fan Ye, Mohamad Hatahet, Mohamed A. Youniss, et al.
WMJ. 2018 Jun;117(2):73-78. PMID: 30048576
【Introduction】
通常、38.3℃(101℉)以上となると、体温が1℉上がるごとに心拍数(HR)が8または10 回/分あがる。
- HR 108/分 @38.3℃、+1℉ごとにHR+8/分
- HR 110/分 @38.3℃、+1℉ごとにHR+10/分
38.3℃より高温のときに、心拍数が予想される値より低い状態を比較的徐脈とする。原因は数が限られ、感染症と非感染症がある。
【Method】
"Relative bradycardia, fever, pulse-temperature dissociation and pulse-temperature deficit"を含むものをPubMedならびにMedlineにて検索。
【Discussion】
- 比較的徐脈の定義は心拍数が予想される値よりも低い状態とし、不整脈や心伝導系に影響のある薬剤などを服用している場合も除く。
- 非感染性の原因:悪性リンパ腫、薬剤性、人為的発熱(詐欺熱)、副腎不全、周期的好中球減少症。薬剤性の発熱(148例)による比較的徐脈は11例という報告がある。
- 感染症が原因のとき:細胞内・非腸内グラム陰性菌では、非特異的でありながら感度は高い。
- 感染症の原因の鑑別に役立つこともある(in some cases)が、渡航歴をはじめとする病歴全体からはじめるべき。
- 比較的徐脈の病因は様々で、詳しいことはあまり分かっていない。
【conclusion】
- 比較的徐脈がベッドサイドでの感染性・非感染性の病因の診断に役立ちうるという認識は大切である。
- 他の兆候や所見がない、もしくはいまひとつの時に、比較的徐脈は病因を探すために役立つかもしれない。
簡単に読んでみました。まずは、イントロダクションに記載のあるように、比較的徐脈の定義のもととなる閾値の心拍数の計算が2通りあるという時点で、所見の曖昧さを感じました。
次に、感染症による比較的徐脈の原因の多さに驚きました。この所見を認めたら原因がかなり絞れるというような「数が限られる」というほど、特異的な所見ではなさそうです。また、報告レベルでしかみられないものもありました。たくさん原因を挙げれても、その疾患において比較的徐脈が稀であれば、あまり使いにくいのではないかと感じます。
比較的徐脈を認めうる感染症だけでも、クラミジア肺炎、オウム病、Q熱、ヒト顆粒球アナプラズマ症、ヒト単球性エーリキア症、腸チフス、パラチフス、野兎病、レジオネラ症、レプトスピラ症、リステリア症、結核、ツツガムシ病、ロッキー山紅斑熱、発疹熱、ライム病、バベシア症、マラリア、シャーガス病、ラッサ熱、ハンタウイルス感染症(腎症候性出血熱)、クリミア・コンゴ出血熱、リフトバレー熱、サシチョウバエ熱、マールブルグ熱、エボラ出血熱、黄熱病、デング熱、ウエストナイル熱、エコーウイルス感染症(急性髄膜炎)、ヒトメタニューモウイルス肺炎と様々な原因があります。
非感染症として、悪性リンパ腫、薬剤性、人為的発熱(詐欺熱)、副腎不全、周期的好中球減少症が原因となる報告もあるようですが、薬剤性をパッと見ただけでも頻度が気になります。
また、薬剤熱ではなくでも、比較的徐脈を生じうる原因とは別に、βブロッカーをはじめとするような「頻脈性不整脈を抑える効果もある薬+発熱」というような場合も注意が必要であると思いました。発熱がある場合に薬によってマスクされると考えると、比較的徐脈は判断も含めて難しい所見であると感じました。
原因ごとの所見頻度
さて、原因ごとの比較的徐脈がみられる感度・特異度なども意識してみないといけないと感じました。比較的徐脈を認めた頻度に関しては次のようになります。
必要な身体所見が取られていた症例のうち、比較的徐脈を認めた割合(%)は以下の通りであった; バベシア症 89%、デング熱 23-76%、ハンタウイルス感染症(腎症候性出血熱) 60%、レジオネラ症 0-60%、レプトスピラ症 100%、マラリア 13.6%、 発疹熱(murine typhus)49%、Q熱 73%、サシチョウバエ熱ウイルス感染症(sandly fever) 23%、ツツガムシ病 38-53%、野兎病 42%、チフス 14-63%.
(出典)WMJ. 2018 Jun;117(2):73-78. PMID: 30048576
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30048576/
比較的徐脈の定義が論文ごとでバラバラであったり、そもそもの体温と心拍数といった必要なバイタルサインがそもそも取られていないものの割合(評価可能な症例の割合)も論文ごとでバラバラであったりするので、参考程度だと思います。
それにしても、比較的徐脈の定義から曖昧ではっきりとした評価も難しいと感じる一方で、定義が変わることで比較的徐脈の頻度すら大きく変わる可能性があり、状況によっては特異性は高くないと感じずにはいられませんでした。
やはり、比較的徐脈だけでなく、各疾患のゲシュタルトを意識しつつ、それに合致するような病歴や身体所見、検査結果と合わせてという当たり前のところにたどり着くのでしょうか。
それにしても「詳しくは分かっていない」とdiscussionのところにも書いてあり、判断に困りました。ある程度のスタンダートはどこに落ち着くのでしょうか。
3. 一般的な知識としては?
先ほどの総説を読んだことで「どれぐらいが一般的なことの範囲として言えるのか」というような部分の判断に困る面も感じました。そのため、今度はスタンダード探しのような感じで、教科書で比較的徐脈について調べてみたいと思います。
教科書ということで皆さんご存知の『ハリソン内科学 第5版』を見てみるも索引で見つからず、身体診察の教科書を確認しました。『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 原著第4版』、『マクギーのフィジカル診断学 原著第4版』、『ベイツ診察法 第2版』の索引でも比較的徐脈を見つけることができませんでした。目次のバイタルサインの項目でも、比較的徐脈は確認できませんでした。あまり、「公民権」を得ているような身体所見とも言い難いものなのでしょうか。
バイタルサインに興味にある人で知らない人はいないであろう、入江先生の書籍にたどり着きました。この本には、バイタルサインについて学ぶ際に大変お世話になっています。
比較的徐脈を呈する病態
<感染性>
<非感染性>
- 薬剤熱:抗菌薬、抗痙攣薬、H2受容体拮抗薬など
- 腫瘍熱:リンパ腫
- 膠原病:SLE、成人Still病、サルコイドーシス
(出典)『バイタルサインからの臨床診断 改訂版 豊富な症例演習で、病態を見抜く力がつく!』,入江聰五郎(著)
やはり、比較的徐脈の原因の多さを考えると、このようなところに落ち着くのでしょうか。見ていて、すーっと入ってきやすい気がします。
さらに、どの程度の体温と心拍数の乖離で比較的徐脈と判断するかは、一筋縄ではいかないと感じました。
そもそも基準とする体温、心拍数も様々であり、そこから「ある程度」以上体温に対して心拍数が低いから比較的徐脈であるという判断にあると思います。さらに、βブロッカーを服用しているといったような薬剤をはじめとする他の要素も入りこんだら、なお難しいと思いました。
- 予測HR=(実測体温℃-36.5℃)÷0.55×10回/分+基準心拍数
- 予測心拍数よりも20回/分以上遅くなる状態を比較的徐脈の目安としている
(出典)『バイタルサインからの臨床診断 改訂版 豊富な症例演習で、病態を見抜く力がつく!』,入江聰五郎(著)
確かに判断の基準として分かりやすいと感じました。やはり、学びのメルクマークとしても教科書等は役立つと感じた一場面でした。
4. まとめ
前述のReview articleの体温・心拍数をしっかり覚えて、もしくは予測心拍数の式やまで計算して判断することはできれば理想かもしれません。でも、「39℃でHR 110/min」で比較的徐脈を意識するというようなのも、やはり心に留めておく、心に留めて置きやすい値という意味でも重要であると思いました。
そして、比較的徐脈はやはり全身的な病態で絞り切れないので、フィジカルの前にやはり病歴や随伴症状、服薬歴をはじめとする医療面接、そしてフィジカルでもバイタルサイン以外の身体診察も大切であると感じました。
- 比較的徐脈だけでなく、病歴や随伴症状も大切にする
- その上で比較的徐脈もヒントになりうると考える
- 比較的徐脈の体温と心拍数の乖離の程度次第でAll or Noneでもない
このようなことを心に留めておきたいと思います。
個人的な感想にお付き合いくださり、ありがとうございました。