マムシ咬傷
~マムシ咬傷の特徴から毒ヘビ咬傷の鑑別まで~
<目次>
今回は少し風変りなテーマにしてみたいと思います。ハチ咬傷でも、ムカデ咬傷でもなく、ヘビ咬傷についてです。ヘビと言っても、本州ではハブは基本的に問題にならないことも含めて、マムシ咬傷を切り口にしてみたいと思います。
1. マムシ咬傷とは
1-1. 疫学
ヘビ咬傷のうちマムシ咬傷の疫学に触れながら、なぜマムシ咬傷に注目してみようと思った理由も触れみたいと思います。
- 九州以北に生息する毒ヘビは、ニホンマムシ、ツシママムシ、ヤマカガシだけだが、ヘビ咬傷のほとんどによるもので、年間3,000人以上が受傷していると推定される。
- ニホンマムシよる咬傷は、4~10月に農村部を中心に発生し、東日本では7月~8月に、西日本では7月~9月に多い。
- 春と秋には昼間の田畑での農作業の際の受傷が多いのに対し、夏には小中学生や幼児の受傷が多い。
- 郊外では自宅の庭や駐車場、農道などの身近な場所でもマムシ咬傷は発生している。
(出典)上篠吉人, 臨床中毒学 第2版, 医学書院, 2023.
その中でもマムシについて深掘りしてみようと思ったのは、九州以北におけるヘビ咬傷の中でほとんどがマムシ咬傷という点です。これが、沖縄や奄美にいるときであれば、また変わるでしょう。
正直なところ、都会ではとりわけレア疾患だと肌感覚では感じるのですが、郊外や農村部で救急対応などをする際にはお目にかかることもあるかなというような印象です。特に小さめの病院で外科や皮膚科も含めた全科当直をするようなときでしょうか。
受傷機転として、郊外や農村部では農作業中はもちろんのこと、家などの草刈り・草むしり中に手などを受傷することがあっても不思議ではないと思います。
1-2. 臨床的特徴
マムシ咬傷の際にどのような症状や所見があるのかもチェックしてみたいと思います。
- 局所の疼痛、腫脹はほとんど必発する
- マムシ咬傷の症状は咬傷部の発赤、腫瘍、疼痛、リンパ節腫脹などの局所症状と複視、霧視などの眼症状、胸部苦悶、悪心、嘔吐などを訴える全身症状とに分けられる
- 一般的にマムシ咬傷は受傷後、次第に腫脹範囲が中枢皍に及び、2~3日目に腫脹が最大となり、以後軽快していくといわれる
- マムシ咬傷による死亡症例の原因では腎不全が多く、呼吸不全、心筋障害、血管内凝固症候群(DIC)などの報告もみられる
- マムシ毒は心筋や骨格筋に強い親和性を持っているといわれ、CPK、LDH、AST、ALT等の高値は筋肉の変性や溶血によるものと考えられている。
(出典)日臨外医会誌 55 (1), 54-60, 1994.
- 重度の腫脹により、血圧低下が生じることがある。このような場合、横紋筋融解症によるクレアチンホスホキナーゼ(CPK)と血中ミオグロビンの上昇が顕著となり、急性腎不全を引き起こす可能性がある。重症例では、筋肉組織の損傷と代謝性アシドーシスにより血清カリウム値が上昇し、咬傷後すぐに心停止を引き起こす可能性がある。
- 咬傷部位から毒が吸収されると、血小板凝集作用により血小板数が10万/mm^3未満にまで減少することもある。また、咬傷1時間以内に血小板数が1万/mm^3未満に急激に減少する症例もしばしば見られ、点状出血や消化管出血を引き起こす。
- 微量の神経毒が含まれており、動眼神経に作用して複視、霧視、斜視などを引き起こすが、呼吸器筋麻痺は見られない。これらの眼症状は数日から2週間程度で治まる。
(出典)J Intensive Care. 2015 Apr 1;3(1):16. doi: 10.1186/s40560-015-0081-8. eCollection 2015.
まとめると、①咬傷部位からの局所症状と②その他の神経の麻痺症状、さらには③重症例での全身症状・病態に大きく分けられそうです。
咬傷部位からの局所症状としてほぼ必発の疼痛や腫脹があり、体幹方向に腫脹が進行していくと言えます。それに加えて、動眼神経麻痺の症状として複視、霧視のような症状がみられると言えます。
さらに、全身性の症状として、溶血、凝固障害、コンパートメント症候群や横紋筋融解症のような病態と急性腎障害が生じうるといえます。さらに、マムシ毒が直接血管内に入った場合には急激な血小板減少からの出血傾向でしょう。
これらのような症状に加えて、このような状況を検査値で掴むとすれば、血算の血小板数(Plt)、凝固検査(PT、APTT)、生化学の筋逸脱酵素としてCK(CPK)や腎機能評価としてBUNやCreをはじめとしたチェックをすることになるでしょう。もちろん、全身症状のない(重症例ではない)場合には検査値では異常値を掴めないことになると考えています。
1-3. 治療
マムシ咬傷となれば、動物咬傷と同じ側面もあり抗菌薬や破傷風トキソイドの投与といった予防的なものから、マムシ毒に対する治療として切開・排毒、マムシ抗毒素(抗マムシ血清)の投与、セファランチンの投与といった様々な治療法があります。
- マムシ咬傷はよく知られていても、治療法に確立されたものはない。
- 治療法は医療者の好みで抗マムシ血清派とセファランチン派とに分かれている。
- 重症度Grade II以上でマムシ抗毒素を投与とする考えもある。
- 臨床現場ではその効果と副作用の点で依然議論があり、抗マムシ血清の投与は標準的な治療法として受け入れられていない。
- 全国の二次・三次救急病院のおける178症例の分析では、治療法は施設によってさまざまであるが、セファランチンと抗マムシ血清の投与の有無で咬傷による腫脹,腫脹のピークに至る日数,入院日数に差はなかった。
(出典)日臨救医誌(JJSEM)2014;17:753-60.
(出典)日本医事新報2000; 3986: 24-27.
まずは、マムシ毒に対する治療としてのセファランチンやマムシ抗毒素のエビデンスが微妙ですね。それに加えてマムシ抗毒素投与では、アナフィラキシーが3%台もあるとする報告があり、アナフィラキシーだけでもリスクでしょう。
そのようなリスクからか、重症度(腫脹の範囲によるひとつの重症度分類)がGrade II以上でマムシ抗毒素投与とする考えもあったり、すぐに投与する考えや投与しない考えも含め、様々な対応パターンがあるようです。
まむし抗毒素に関してはさらに深掘りすると次のようなこと書かれています。
- 抗マムシ血清の投与判断を怠ったことで裁判となった事例もある。
- 皮内テストが陰性例でもショック症状を呈すること、また訴訟問題へと発展する可能性から,エホバの証人の信者などには抗マムシ血清の投与は慎重でなければならない。
(出典)日臨救医誌(JJSEM)2014;17:753-60.
年間症例数も3000件程度でガイドラインのようなものもできるような素地(団体など)もないので、このような確立した治療法はないような状況なのでしょうか。
まむし抗毒素をアナフィラキシーなどへの対応のできる管理下で投与することや、訴訟に対する意識など、難しいものを感じずにはいられませんでした。勤務する施設での対応方法を確認しておくとよいかもしれませんし、そもそもマムシ抗毒素を取り扱っていないかもしれませんね。
【補足】重症度(Grade)
マムシ咬傷における重症度分類のひとつとして腫脹範囲で分類するものもあります。先程、「Grade II以上でマムシ抗毒素投与」とした際に基準に使われたりするものです。
統一された見解ではありませんが、よく使われている分類であると思います。
腫脹の最大範囲から重症度I~Vに分類される。
(出典)崎尾秀彦ら, 臨外 1985; 40: 1295-1297.
仕切り直して、次章ではマムシ咬傷の診断や他のヘビ咬傷との鑑別について取り上げたいと思います。
2. ヘビ咬傷の鑑別 それとも無毒咬傷!?
ヘビ/マムシに咬まれたと聞いて、特徴に当てはまるかで、本当にマムシ咬傷であるかを判断していくことになると思います。診断することで治療につながると思うので、診断とセットでヘビ咬傷の鑑別と合わせて扱いたいと思います。
2-1. 診断
マムシ咬傷であると診断(判断)するには、どのようにしたらいいのでしょうか。正式にはマムシ咬傷であると判断して治療をするかどうかを判断するにはどのようにしたらよいのでしょうか。
・多くの場合は牙痕、疼痛、腫脹などからマムシ咬傷と診断できるが、夜間や草むらでの咬傷では患者がヘビを目撃していないことも多く、虫刺傷と誤診されることがある。
・牙痕は8mm程度の感覚をあけて2個の貼で刺したような傷であることが多いが、1個のみの場合や3個以上の場合もある。
・ヘビを目撃している場合は図鑑を見せてマムシかどうか確認する。
・マムシ毒は毒牙の歯根部より注入されるので咬まれてもマムシ毒が注入されない無毒咬傷の場合もある。咬傷後に1~2時間たっても局所の疼痛や腫脹が生じなければ、無毒咬傷である可能性が高い。ただし、無毒咬傷とされているもののほとんどは、アオダイショウなどの無毒ヘビとの誤認だと推測する専門家もいる。
(出典)上篠吉人, 臨床中毒学 第2版, 医学書院, 2023.
なるほどです。はっきりとした診断基準はありませんが、ヘビに咬まれた(牙痕)、局所の腫脹、疼痛あたりがキーワードとなりそうです。
牙痕やヘビの柄にピンと来ない人は調べてみてもいいかもしれません。私も調べてみて、論文での牙痕の掲載されている症例報告もありました。針で2か所穴が開いたようなものでした。ヘビの柄も下記のページに代表的なものが掲載されていましたので見てみてもいいかもしれません。また、他の毒ヘビの柄の掲載や牙の特徴の記載もされていました。
2-2. 鑑別 - 毒ヘビ咬傷ごとの臨床的特徴
それにしても、他の日本で見られる毒ヘビ(ハブ、ヤマカガシ)によるヘビ咬傷のこともあまり解像度が高くありません。これらとどのように鑑別できるのか、深掘りして比較してみたいと思います。
毒ヘビ咬傷の典型的な症状や検査所見
(出典)J Intensive Care. 2015 Apr 1;3(1):16. doi: 10.1186/s40560-015-0081-8. eCollection 2015.
まずはマムシとハブの鑑別ですが、生息地が異なる点が大きな特徴ですね。マムシかハブか悩んだら、本州であればマムシとなりそうです。
典型的な臨床症状に関して、出典ではマムシ咬傷の場合は局所疼痛、腫脹、複視、霧視、血小板減少、嘔気・嘔吐、腹痛、下痢、チアノーゼであり、ハブ咬傷の場合は局所疼痛、壊死、咬傷部位の出血、嘔吐、チアノーゼ、意識消失、血圧低下、コンパートメント症候群であるようです。しかし、マムシ咬傷の動眼神経麻痺による複視や霧視、直接血液内にマムシ毒が入った場合の血小板減少と、ハブ咬傷の意識消失や血圧低下こそある程度鑑別に使えそうですが、コンパートメント症候群やちょっとした腫脹であれば、症状だけでは鑑別しにくい面もあると感じます。
検査値も典型的にはCK高値などありますが、そうならずとも腫脹や疼痛だけに留まる程度の場合もあり、CK高値まであればなおさらマムシっぽいというように考えています。
牙痕もこの出典にヘビの牙の写真が掲載されていますが、マムシとハブの場合はヘビの大きさが似ていると区別がつかないこともありそうです。
次にマムシ咬傷とヤマカガシ咬傷の鑑別ですが、ヤマカガシ咬傷では歯肉出血、鼻出血といった出血傾向の典型的な症状でも鑑別がつきそうです。マムシ咬傷でも、直接マムシ毒が血管内に入った場合には、激しい血小板減少からヤマカガシ咬傷と似たような出血傾向となる場合もありそうですが、腫脹や疼痛があればマムシ咬傷でしょう。
また症状以外でも、検査値としてマムシ咬傷では血小板減少、ヤマカガシ咬傷ではFDPやフィブリノーゲン低下といった特徴でも鑑別できることがありそうです。何より検査値に加え、ヘビの牙が大きく異なることからも牙痕からもチェックでしょう。ぜひ出典のヘビの牙を見てみてください。
また、先ほどの「咬傷後に1~2時間たっても局所の疼痛や腫脹が生じなければ、無毒咬傷である可能性が高い」という部分からも、治療に影響がある部分としては無毒咬傷もしくは無毒ヘビによる咬傷ということで良いと思います。そうすれば、治療薬のセファランチンやマムシ抗毒素の投与をしないと判断する方向で倫理的には同じになる可能性が高いと思います(院内ルールでマムシ咬傷であればGradeに関係なくセファランチンやマムシ抗毒素を投与する場合を除く)。
3. 最後に
マムシ咬傷を中心としたヘビ咬傷はいかがでしたでしょうか。やはり、中毒学や動物の毒も奥深いと感じずにはいられませんでした。
また、理論的には正しいとされる治療法に有意差があるとは限らないこと、様々な治療「派閥」があること、副作用とのバランス、訴訟のリスクをはじめとする治療法の難しさも感じました。
何より知らないことだらけで好奇心任せの記事でしたが、お読みくださいましてありがとうございました。
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様々な中毒についてまとまっている「トキシコペディア」として、好奇心を満たしてくれる場面の多い『臨床中毒学』です。フグ毒のような生物毒はもちろんのこと、Over Doseで出会うような市販薬や向精神薬をはじめ、様々な中毒について取り扱っています。どのような中毒について扱っているのかをはじめ、目次だけでもよければチェックしてみてください。