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自己免疫性脳炎|誤診から考える鑑別疾患と抗体陽性の過剰解釈

自己免疫性脳炎

  • 誤診から考える鑑別疾患/抗体陽性過剰解釈

 

<目次>

 

 今回は「NMDA受容体脳炎をはじめ、自己免疫性脳炎かもしれない」と思ったときの鑑別疾患についてです。鑑別疾患を想起する際の早期閉鎖を防ぐ目的も持ってふと調べてみました。その際に興味深いものもあり、好奇心で深掘りしてみた記事です。

 

 

1. 誤診から考える鑑別疾患

 例えば、「比較的若い女性で異常行動が1-2カ月前にもあって、今回も」というような話を聞くと、抗NMDA受容体脳炎をはじめとする自己免疫性脳炎が鑑別疾患として挙がることがあると思います。場合によっては「自己免疫性脳炎」ということで専門/高次医療機関に紹介する/される、転院搬送をする/受け入れることもあると思います。

 実際に名だたる病院等に自己免疫性脳炎として紹介した症例最終診断についての研究を見つけました。個人的にはとても興味深い結果でした。

 

多施設後ろ向き研究

  • 自己免疫性脳炎と紹介された18歳以上の患者393例のうち、最終診断が自己免疫性脳炎ではなかった107例の最終診断

誤診から考える自己免疫性脳炎の鑑別疾患

(出典)JAMA Neurol. 2023 Jan 1;80(1):30-39. doi: 10.1001/jamaneurol.2022.4251.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 自己免疫性脳炎紹介された393例のうち、本当に自己免疫性脳炎であったのが286例であり、自己免疫性脳炎でなかったのが107例でした。すなわち、約4分の1の最終診断が自己免疫性脳炎以外という結果でした。

 また、誤診であった症例のうち、自己免疫性脳炎の診断基準(diagnostic criteria for possible autoimmune encephalitis)を満たすものは107例中30例(約28%)でした。診断基準のチェックを満たしていない症例が約72%もあります。

 どこまで検査等をしてMayo ClinicやOxfordのような大学病院に紹介するのか分かりません。しかし、地方のぼちぼちの病院から紹介するレベルであれば、もうちょっと診断を正確にしてから紹介できないかなんて思ってしまうかもしれません。

 

 機能性神経障害(Functional neurologic disorder)が最も多い(25%)ですが、ふわっとしている印象です。

 それ以上に難しいと感じたのが、誤診の中で神経変性による認知症多い(20.5%)ことです。アルツハイマー認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、血管性認知症、あとはクロイツフェルト・ヤコブ病であったものまであります。少しホッとするのは自己免疫性脳炎の「診断基準」(diagnostic criteria for possible autoimmune encephalitis)を満たす割合が23%と低いことでしょうか。

 同様の傾向が精神疾患でも感じました。確かに統合失調症であると考えられていた症例の一部がNMDA受容体脳炎であったというような話を聞くことがありますが、精神疾患の誤診の数も多い(18%)といった印象です。自己免疫性脳炎の「診断基準」を満たしているものが、11%と極端に少ないと言わざるを得ないと感じました。うつ病、不安障害、統合失調症双極性障害などが自己免疫性脳炎と誤診されていたようですが、まずは「診断基準」のチェックも忘れないようにしたいです。

 自己免疫性脳炎と誤診されていた線維筋痛症慢性疲労睡眠障害薬の有害事象、またはその他合併症による認知障害(≧1点)に関しても、それなりに多い(10%)ように感じます。精神疾患の場合と同じような印象でした。神経変性による認知症精神疾患事前確率も高いと考えられるので、数として多い面もあるのではないかとも感じました。

 

 悪性新生物(脳腫瘍)は、誤診のうちの9.5%とそれなりにあります。しかし、これまでの誤診とは異なり、「診断基準」を70%もの症例が満たすことから、自己免疫性疾患との鑑別難しさを感じました。自己免疫性脳炎を疑ったときに神経膠腫、中枢神経原発悪性リンパ腫、小脳髄芽腫は「診断基準」のチェックし忘れのような次元でなく誤診の可能性が高いと心留めておきたいと思います。

 てんかんにおいては、脳腫瘍よりは誤診の中での割合は少なく4.5%ですが、「診断基準」を満たす割合も60%と比較的高い状態です。脳腫瘍と同じく自己免疫性脳炎と誤解しうるけど、難しいものもあるというように感じました。

 

 感染症に関しては思っていたよりも少なく、以前のウイルス性脳炎の残存やHIV白質脳症というぐらいでした。細菌性・ウイルス性脳髄膜炎あたりは、初発時にやはり鑑別として意識されてると感じました。

 

 自己免疫性脳炎の鑑別を考える際に、ミトコンドリア病、服腎不全、ウェルニッケ病、小血管炎、Kleine Levin症候群、進行性小脳変性症までくると、そういうこともあるのかという感じがしました。

 

 とりあえず自己免疫性脳炎鑑別疾患として、神経変性による認知症アルツハイマー型、レビー小体型、前頭側頭型、血管型)、精神疾患うつ病、不安障害、統合失調症双極性障害)は事前確率の面からも大切で、自己免疫性脳炎「診断基準」を用いることを忘れないように心がけるようにするということでしょうか。また、線維筋痛症、慢性疲労睡眠障害、薬の有害事象も鑑別として「診断基準」を用いることも忘れないようにすることでしょうか。

 ある程度診断を詰めてきた際の自己免疫性脳炎の鑑別疾患として、脳腫瘍神経膠腫中枢神経原発悪性リンパ腫小脳髄芽腫)てんかん可能性も捨てきらないようにしたいです。

 

 

 

2. 「診断基準」とは

 先ほどの誤診において、自己免疫性脳炎「診断基準」(diagnostic criteria for possible autoimmune encephalitis満たさないものが案外多いと感じました。この「診断基準」を満たすかをチェックできれば、誤診が減るだけでなく、自己免疫性脳炎を疑うヒントにもなると思って調べてみました。

 

自己免疫性脳炎の「診断基準」(diagnostic criteria for possible autoimmune encephalitis)

Diagnostic Criteria for Possible Autoimmune Encephalitis

(出典)Lancet Neurol. 2016 Apr;15(4):391-404. doi: 10.1016/S1474-4422(15)00401-9. Epub 2016 Feb 20.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 診断基準の項目をチェックしていきたいと思います

 ①の「亜急性の(3カ月以内に急速に進行する)作業記憶障害(短期記憶障害)、 精神状態変化*、あるいは精神症状がある」はよいでしょう。

 ②の「新たに出現した中枢神経巣症状」、「既存の痙攣疾患では説明できない痙攣発作」、「髄液細胞増加(白血球数 > 5/µL)」、「脳炎を示唆する頭部MRI異常所見」というあたりで所見を探しに行くことになると思います。少なくとも1つでも良いので、意外とひっかかるものなのでしょうか。

 ③の「他の疾患が除外できる」は案外曲者かもしれません。英語では”reasonable exclusion”ということで”reasonable”は鑑別疾患の早期閉鎖でもあれば、案外満たしてしまいそうにも感じます。

 

 早期閉鎖しないためにも、今回の誤診の原因について深掘りしてみたいと思います。

 

 

 

3. 誤診理由 - 抗体陽性過剰解釈!?

 先ほどの自己免疫性脳炎として紹介されたものの誤診であった症例について、次は誤診理由についてみたいと思います。

 

自己免疫性脳炎と誤診した理由(n=107)

  • 非特異的な抗体陽性の過剰解釈(53例 [50%])
  • 非特異的症状を神経学的症状と誤認(19例 [18%])
  • 自己免疫性脳炎と合致する画像所見(15例 [14%])のうち1つ以上が含まれた
  • 真の神経学的症状と間違われた機能的神経学的特徴(14例 [13%])
  • 脳脊髄液異常所見(9例 [8%])
  • 自己免疫性脳炎によるものと考えられた精神医学的症状(8例 [7%])
  • 精神医学的診断の拒絶(5例 [5%])
  • 亜急性発症または変動性経過(4例 [4%])

(出典)JAMA Neurol. 2023 Jan 1;80(1):30-39. doi: 10.1001/jamaneurol.2022.4251.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 誤診の理由で一番多かったのは、抗体陽性過剰解釈(50%)でした。意外ではなく、ANCAでも話題に挙がるような、抗体と疾患が必ずしも1対1対応ではないという注意点があぶり出されたとでも言えばよいのでしょうか。

 抗体陽性の過剰解釈以外の誤診の原因のうち、「精神医学的診断の拒絶」というのは何とも言い難いという感想です。それ以外は、誤診の理由としてあっても不思議ではないというように感じました。もちろん、神経学的所見の取り方をはじめ切磋琢磨する必要はあるとは思いますが、難しさを感じました。

 

 抗体陽性の過剰解釈は、「膠原病疑い」というぼんやりしたターゲットで抗体をパネル検査のようにたくさん出した後の祭りに似たような感じなのかもしれないと感じました。偶然にも1つ、特異的に"みえる"抗体が陽性になって、それに引っ張られていくようなものかもしれません。

 ちなみに血清ではGAD65抗体VGKC抗体(LGI 1CASPR2)NMDA受容体抗体の陽性が誤診につながった件数が多く、脳脊髄液ではNMDA受容体抗体の陽性が誤診につながった件数が多かったです。

 疾患ごとの母数の多さもあると思うので、抗体陽性と診断率のようなものを調べてみたものの、はっきりとさせることは難しそうなのでした。やはり、調べても感想みたいなものも多く、自己免疫性脳炎は難しいと感じた次第です。「抗体陽性を過信しない」ということで今回は締めたいと思います。

 

 

 本日もお読みくださいましてありがとうございました。

 

 

【関連記事】

 自己免疫性脳炎ごとの精神症状などの特徴についての記事です。昔のものなので構成から書き直したほうが良いかもしれませんが、よろしければご覧ください。

mk-med.hatenablog.com