腹膜垂炎 Epiploic Appendagitis
~腸管部位ごとの頻度や鑑別疾患~
<目次>
また忘れた頃になるとやってきたというべきなのでしょうか。痛がる割に腹部所見は限局的でCTが派手でないというような症例で、腹膜垂炎が話題になりました。今回は、少しトリビア的な腹膜垂炎について興味のある部分を深掘りしてみたいと思います。
1. 腹膜垂炎とは
腹膜垂炎と聞いて、「あー、あれね」というような人は読み飛ばしてください。
まずは、腹膜垂炎(epiploic appendagitis)の炎症の首座となる腹膜垂についてからチェックしてみたいと思います。
腹膜垂とは結腸紐にそって存在する漿膜で被われている袋状の脂肪組織
大腸の腹膜垂が捻転し、虚血・炎症を生じることで腹膜垂炎(急性腹膜垂炎)になります。
2. 腹膜垂炎の部位
腹膜垂炎の生じる結腸の部位別の頻度について深掘りしてみました。
腹膜垂炎の症例のうち、57%が直腸S状結腸、26%が回盲部、9%が上行結腸、6%が横行結腸、2%が下行結腸に発生するという外科的報告がある。
(出典)Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2011 Jan;8(1):45-9. doi: 10.1038/nrgastro.2010.189.
あくまでも報告レベルですが、腹膜垂のある部位(結腸)であれば、どこでも腹膜垂炎が生じてよいとものの、部位ごとの頻度に関してはばらつきがありそうです。外科的な文献からということで、内科で腹膜垂炎や憩室炎として手術適応症例ではないものはズレがあるかもしれませんが、回盲部やS状結腸といった、虫垂炎や婦人科疾患も含めて鑑別が必要な部位の頻度が比較多そうです。
さらに、他の報告も交えながら、鑑別疾患となりうるもの、誤診しうるものについて深掘りしていこうと思います。
3. 鑑別疾患
腹膜垂炎の鑑別疾患についても深掘りしてみたいと思います。腹膜垂炎の生じた結腸の部位でも異なってくると思います。
軽症の憩室炎で治療を受けている患者の多くが、実際には腹膜垂炎である可能性が示唆されている。さらに、臨床的に憩室炎が疑われる患者の最大7%、急性虫垂炎患者の1%が腹膜垂炎の可能性があると報告されている。
(出典)Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2011 Jan;8(1):45-9. doi: 10.1038/nrgastro.2010.189.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21102533/
憩室炎が腹膜垂炎の鑑別になるのは言わずもがなですが、盲腸にある腹膜垂であれば、虫垂と間違えられる可能性もありそうです。憩室炎に加えて虫垂炎が鑑別に挙がってしかるべきだと思います。
実際に虫垂炎や憩室炎と診断された症例のCT等を後ろ向きに調べた研究もあります。
- 虫垂炎(312例)もしくは憩室炎(348例)を疑われてCTを撮影した計660例のうち、原発性腹膜垂炎の診断を満たすものが11例(男性7例、女性4例)であった。
- 全11例のうち、6例は憩室炎、1例は虫垂炎と当初は誤診されていた。
(出典)Am J Surg. 1998 Jul;176(1):81-5. doi: 10.1016/s0002-9610(98)00103-2.
決して新しい論文ではありませんが、当時でもCT撮影をされている症例の1%強(660例中7例)が誤診されうるのみということです。
腹膜垂炎を虫垂炎と誤診することによるリスクは手術や入院日数、憩室炎では不要な抗菌薬投与といったあたりでしょうか。手術適応のある虫垂炎を腹膜垂炎だと誤診するよりはいいかもしれません。個人的には、話題になる割には誤診が案外少ないといった印象です。
他にも過去の本邦での腹膜垂炎の報告例からもチェックしてみたいと思います
本邦における腹膜垂炎の報告例
本邦における腹膜垂炎の報告例 (出典)日臨外医会誌 55 (2), 487-490, 1994.
古い外科系の出典という点はご承知おきください。外科系の報告からなのか、やはり手術になりうる疾患が術前診断の多くを占めています。右下腹部痛で腹膜垂炎と鑑別を要した最も多いパターンは、急性虫垂炎(28例中18例、64%)になります。一方で左下腹部痛となると卵巣嚢胞茎捻転・破裂も少なくはない報告数(8例中4例)でした。
腹膜垂の袋状(葉状?)の構造が「外科系疾患の何に見えうるのか」というのが、部位とセットで考えられた術前診断であると思います。右上腹部で胆嚢炎という術前診断も1例ありますが、これこそ腹膜垂の大きさが胆嚢に近かったのかという部分も気になるところです。
いずれにしても、第2章の腹膜垂炎の腸管部位ごとの割合(直腸S状結腸 57%、回盲部 26%、上行結腸 9%)と比較しても、盲腸や上行結腸での症例が急性虫垂炎との鑑別に難渋しうることがあると考えられます。
一方、腹膜垂炎の場合は当たり前ですが、腸管の壁肥厚等の腸炎の所見はないはずなので、それらと間違えられる可能性は低そうです。
出典の図1を拝見すると、見た目からも急性虫垂炎と盲腸腹膜垂炎の鑑別の難しさも感じました。もちろん、部位によっては卵巣嚢胞茎捻転や腹部腫瘤などとも鑑別を要しそうです。盲腸や上行結腸の腹膜垂炎は急性虫垂炎との鑑別、他にもS状結腸の腹膜垂炎は卵巣嚢胞茎捻転・破裂との鑑別は手術適応という点からも鑑別が必要だと考えられます。
腹膜垂炎であれば、NSAIDs程度の保存的加療なので、術前診断が困難であっても開復所見が術前診断と一致しない場合には、腹膜垂炎を想起してもよいと考えられます。
憩室炎と腹膜垂炎の鑑別の場合はどちらも内科的治療であり、報告に挙がりにくい面もあるかもしれません。また、手術が必要な外科的疾患ほど、鑑別が問題になりにくいのかもしれません。
4. 腹膜垂炎の症状・徴候・所見
ここまで来たので、虫垂炎や憩室炎と誤診されがちな腹膜垂炎でみられた症状・徴候、検査所見、画像所見といったものもチェックしておきたいと思います。
腹膜垂炎の症状、臨床所見・CT所見
- 虫垂炎や憩室炎が疑われてCT撮影された660例のうち、腹膜垂炎であった11例の臨床症状・所見、CT所見は次の通りであった。
虫垂炎や憩室炎が疑われた腹膜垂炎11例の症状・所見 (出典)Am J Surg. 1998 Jul;176(1):81-5. doi: 10.1016/s0002-9610(98)00103-2.
症例数は少ないですが、突然発症・限局性の腹痛であり、咳・深呼吸や体動時に増悪というのはすべての症例で認めたようです。腹膜刺激徴候らしさはありますが、突然発症はちょっぴり虫垂炎とは違うんじゃないかと思いました。限局性は炎症の始まりと考えれば納得できます。
それにしても反跳痛も91%であれば、重症感があると判断してCTに至ったのかもしれません。
CT所見も楕円形の腫瘤病変は虫垂腫大とも考えられるということでしょうか。腹膜垂炎のCT所見として、楕円形の腫瘤性病変に加え、脂肪濃度病変、結腸周囲病変、臓側腹膜肥厚、虫垂周囲の脂肪織濃度上昇が全例で認められたというのも、虫垂炎との鑑別を意識する必要があるでしょう。虫垂付近の腹膜垂で炎症が起これば、パッと見では虫垂炎と考えられてもおかしくなさそうです。
腹膜垂炎の腸管部位が異なれば、先述の本邦での外科系からの報告のように、卵巣嚢胞茎捻転等も入ってくるのでしょう。
今回は腹膜垂炎(急性腹膜垂炎)について調べてみました。ざっと腹膜垂炎についてチェックしてみよういうのであれば、途中で出典として使わせていただいた総説もありますし、UpToDateもありました。そちらも合わせてチェックしてみてください。
本日もお読みくださいましてありがとうございました。

