自己免疫性脳炎と精神症状
<目次>
精神科からとても興味深いお話を聞く機会がありました。昔、精神症状によって精神科へ紹介になったものの、後日再度頭部MRIをはじめとする検査をしたところ、抗NMDA受容体脳炎だと診断された症例もあったというお話を伺いました。
そこからのお話の展開で「今後もっと自己免疫性脳炎の研究が進んで新たな抗体が見つかったりすれば、いままでは精神症状により何らかの診断がついていた人の診断が変わるかもね」なんていうお話から、「自己免疫性脳炎でNMDAは有名かもしれないけど、他の自己免疫性脳炎でも精神症状がみられるから調べてみたら?」ということでとても興味深いお話を聞きました。
※DGPJ2021(診断グランプリ)や他の記事の内容との順番などを意識したりしていたところ、記事の公開がとりわけ遅くなり申し訳ございません。
今回は自己免疫性脳炎の復習と、精神症状を調べてみたいと思います。
1.自己免疫性脳炎の概要
まずは自己免疫性脳炎について、主な抗体、抗体それぞれの臨床像について調べてみたいと思います。抗NMDA受容体脳炎は精神症状が出やすいとは聞いたことがありますが、他の抗体によるものはどうなのでしょうか。お恥ずかしいですが、疾患についての知識もあまりないので調べてみることにします。ハリソン内科学では自己免疫性脳炎の項目はなく、今回はUpToDateにて調べてみました。精神症状がどれほどあるかわかりませんが、自己免疫性脳炎の症状や合併する腫瘍等の特徴を抜粋してみます。
<自己免疫性脳炎の各特徴>
種類
臨床症状
腫瘍・その他関連
抗NMDA受容体脳炎
前駆症状の頭痛、発熱、またはウイルス感染のような経過で数日後に以下のような症状が多段階的に進行する
卵巣奇形腫(女性患者の約50%)
その他
- 精巣胚細胞腫瘍
- 縦郭奇形腫
- 小細胞肺がん
- ホジキンリンパ腫
- 卵巣嚢胞線維腫
- 神経芽細胞腫
男性患者では腫瘍の検出は稀
抗LGI1脳炎
- 記憶障害、錯乱、およびけいれんを発症する
- 低ナトリウム血症や急速眼球運動(REM)睡眠障害を発症することがある
症例の5-10%が癌と関連
- もっとも一般的な関連腫瘍:胸腺腫
抗Caspr2関連脳炎
- 一般的には腫瘍と関連しない
- 腫瘍(通常は胸腺腫)の患者は、孤立した中枢または末梢症状よりもモルヴァン症候群を発症する可能性が高い
抗AMPA受容体脳炎
- 患者の約3分の2に腫瘍を認めた。
- 肺癌、胸腺腫、乳癌が一般的であった。
抗GABA-A受容体脳炎
- 患者の40%(成人のほとんど)に腫瘍を認める。
- 主に胸腺腫
抗GABA-B受容体脳炎
- 約50%が腫瘍随伴症候群
抗IgLON5病
- 発症年齢中央値62歳(42-91歳)
- 進行性核上性麻痺に似ている
- 診断時には以下の4つの臨床症状が報告されている;睡眠時無呼吸を含む睡眠障害、唾液分泌過多、喘鳴、急性呼吸不全を含む球麻痺症候群、認知機能の低下
抗DPPX脳炎
- 体重減少、下痢、またはその他消化管症状を前駆症状とし発症する
- 発症数か月後に脳炎を発症し、びっくり病、興奮、ミオクローヌス、振戦、発作などの中枢性興奮を伴う。
- 腫瘍の合併は稀
- 合併した場合、B細胞由来がほとんど
抗GlyR脳症
- GAD抗体を持たない一部においてPERM症候群、後天性びっくり病、スティッフパーソン症候群と関連する
- α-1GlyRに対する抗体は、孤立性視神経炎、多発性硬化症、またはスティッフパーソン症候群やPERMを伴わない小脳性運動失調症の一部の患者の血清でも報告されている
抗mGluR5脳炎
- ホジキンリンパ腫またはSCLCに関連しているが、腫瘍がない場合にも発症する
抗mGluR1脳炎
- わずかに男性に多く、年齢中央値は55歳
- 小脳性失調で発症
- 多くの場合、認知変化、発作、または精神症状を伴う
- 患者の15%未満が孤立発症
- 通常は腫瘍と関連しない
- 数名が血液悪性腫瘍、1名が皮膚T細胞リンパ腫を併発していたという報告がある
抗neurexin-3α脳炎
- 年齢中央値は44歳(比較的若い)
- 急速な意識低下、口腔顔面ジスキネジア、および一部の患者では抗NMDA受容体脳炎に類似した中枢性低換気を伴う
※5人の患者での報告
- 患者5人のうち4人に全身性自己免疫疾患があったとの報告
自己免疫性GFAPアストロサイトパチー
- 頭痛、視神経乳頭浮腫および視神経乳頭炎、進行性脳症、自律神経不安定症、脊髄症、振戦および精神症状を含む一連の症状を呈した
- 患者の約3分の1で全身性腫瘍を伴っていた。
(出典)UpToDate >Paraneoplastic and autoimmune encephalitis, last updated: Nov 03, 2021.
腫瘍随伴性脳炎ならびに自己免疫性脳炎の項目よりまとめてみました。検査結果等についてはUpToDateや他のFree articleのreview等をご覧ください。日本語がよければ少し古いかもしれませんが、J-stage等でも見つかりました。
抗NMDA受容体脳炎はご存じの方も多いと思いますが、他にもいかがだったでしょうか。抗LGI1脳炎、抗Caspr2関連脳炎、さらには他のものまでご存じの方もいたかもしれません。抗NMDA受容体脳炎のように腫瘍随伴性のものと、一方で抗Caspr2関連脳炎のように腫瘍と関係ないものまであり、多種多様です。それぞれ、どこに対する抗体や免疫反応であるのかを意識してみてみると、NMDA受容体のようにヒントになるかもしれません。
そして、主な症状やゲシュタルト作りや鑑別として役立ちそうでですね。一方で、精神症状が主な症状でないものや精神症状について詳しく書いてない印象を受けました。自己免疫性脳炎についての復習、臨床像の確認はこれぐらいにして、今回の自己免疫性脳炎を調べるきっかけとなった精神症状について調べてみたいと思います。
2.自己免疫性脳炎と精神症状
精神症状からみた自己免疫性脳炎の鑑別になります。比較的新しいReviewからです。精神症状から、自己免疫性脳炎をまとめている表になります。
<精神症状からみた自己免疫性脳炎の鑑別>
(出典)J Neural Transm (Vienna). 2021 Jan;128(1):1-14. doi: 10.1007/s00702-020-02258-z. Epub 2020 Oct 7.
精神症状として、見当識障害(disorientation)、認知障害・記憶障害(coginitive and memory dysfunction)、行動異常(behavior)、精神病症状(psychosis)、気分障害(mood dysfunction)、不安(anxiety)、緊張病(catatonia)、睡眠障害(sleep dysfunction)、強迫性障害(obsessive-complusive behavior)、自殺念慮(suicidality)と細かく分けてあります。
このレビューもFree Articleなのでよろしければアクセスしてみてください。各脳炎ごとの記載に目を通してみるのもよいと思います。
自己免疫性脳炎についてまだまだ解明されていないことや解明中のこともあると思います。抗NMDA受容体脳炎、統合失調症、グルタミン酸仮説といったような興味深いつながりも、今後、新たに解明されていく興味深い分野でもあると思います。
本日もお読みくださりありがとうございました。
【P.S. DGPJ 2020】
当記事のきっかけにもなった診断グランプリであるDGPJ2020について、詳しくはこちらをご覧ください。