先日、30歳前半の男性の下腿浮腫と体重増加の症例と症例集にて出会いました。最終診断は、ビタミンB1欠乏症(脚気心と脚気ニューロパチー)でした。
ビタミンB1は主に糖代謝の際に働く補酵素という程度の認識です。ビタミンB1欠乏症について、機序をはじめ知らないことが多いため、改めて深堀りしてみました。
今回はその際に見つけた文献から、ビタミンB1摂取について興味を持ちました。食事指導について考えた際にどの様な食事・摂取基準などがあるのかも気になりました。今回は偶然の巡り合わせから、ビタミンB1の摂取基準について調べてみます。
ビタミンB1の年齢ごとの食事摂取基準は次の通り。
ビタミンB1(チアミン)の食事摂取基準
ビタミン B1 は、飽和量を満たすまではほとんど尿中に排泄されず、飽和量を超えると、急激に尿中排泄量が増大することから、この変曲点(= 飽和量) を必要量と考える。また、ビタミン B1 の主要な役割は、エネルギー産生栄養素の異化代謝の補酵素である。したがって、 必要量はエネルギー消費量当たりで算定すべきである。ビタミン B1 の必要量をビタミン B1 摂取量と尿中のビタミン B1 排泄量との関係式における変曲点から求める方法により、その値をチアミンとして 0.35 mg/1,000 kcal と算定した。チアミン塩化物塩酸塩量としては 0.45 mg/1,000kcal となる。
ビタミン B1 摂取量(mg/1,000 kcal)を算定するための参照値として、対象年齢区分の推定エネルギー必要量を乗じて推定平均必要量を算定した。推奨量は、推定平均必要量に推奨量算定係数 1.2 を乗じた値とした。
(出典)厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(全文)
摂取量の推定平均必要量は、エネルギー消費量当たりで算定されるべきであるため、推定エネルギー必要量に基づいています。そのため、推定平均必要量も男女差も少しずつでてきています。
厚生労働省の資料ですが、これだけ良い資料があるのにもかかわらず、普段の検索であまりヒットしないのは、本当にもったいないと思えるような資料でした。普段から厚生労働省のホームページへもアクセスするように意識したいと思えました。
では、どのような食品にビタミンB1が含まれているのかについて具体的に挙げてみたいと思います。まずは日本の教科書から引用します。
ビタミンB1を多く含む食品
・酵母
・小麦はいが
・豚肉
・あまのり
・ごま
・落花生
・大豆
・えんどう
・玄裸麦
・たらこ
・干ししいたけ
・玄米 など
ビタミンB1を突出して多く含む食品は少ない。
(出典)『基礎栄養学』, 高早苗(著), 三共出版, 2015
次に、今回ビタミンB1の摂取について調べるきっかけとなった文献からです。
肉類
- 豚肉
- 鹿肉
- 牛肉
- 鶏肉
シーフード
- マグロ
- サケ(サケ科)
- 二枚貝
野菜・果実
- 大豆
- グリーンピース
- カボチャ
乳製品等
- 豆乳
種実類
- レンティル
- 様々な豆(例:黒豆、ピーナッツ、ナッツ類)
- ひまわりの種
(出典)Prog Cardiovasc Dis. May-Jun 2018;61(1):27-32. doi: 10.1016/j.pcad.2018.01.009. Epub 2018 Jan 31.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29360523/
ビタミンB1を多く含む食材として挙げられているものに、文化圏や食事の違いがみられますね。しかし、穀物、肉類、豆類といった共通点があります。具体的にどれぐらいのビタミンB1が含まれているのかも見つけました。
チアミンは多くの食物中に存在するが、全粒穀物、肉、魚、酵母は特にビタミンB1が豊富で、およそ湿重量にして3mg/kgが含まれている。野菜のビタミンB1含量は少なく、単位重量当たり、肉の1/2~1/3である。チアミンは熱に弱く、加熱調理のような過程で失われると思われるため、シリアル、パン、乳製品など多くの加工食品では添加されている。
(出典)『最新栄養学[第10版]ー専門領域の最新情報ー』, 木村修一, 古野純典(翻訳監修), 建帛社, 2014
そう考えると、パンや加工食品ではビタミンB1欠乏になりにくく、白米のみを食べている人や消化吸収に障害のある人で欠乏症が生じやすいと考えられます。実際にビタミンB1欠乏症の患者像について、このような記載もありました。
日本および東南アジア地域は米を主食としたため、古くから脚気が存在していた。戦後、日本では国民の栄養状態の改善とともに脚気の患者数は減少したが、近年、肉類、魚類・牛乳などを好まない偏食傾向の青少年に脚気がみられることが報告されている。
(出典)『臨床栄養医学』, 日本臨床栄養学会(監修), 南山堂, 2009
もしかすると、ビーガンのような食に対する考え方を持つ人々からなのでしょうか。ビタミンB1の摂取量と欠乏症の関連についても、面白い記載がありました。
4人の健康な男性に1か月(30 日)間にわたってビタミン B1 を完全に除去した食事を食べさせた欠乏実験では、実験開始およそ2週間後に血中ビタミン B1 濃度が急に低下し、脚気の典型的な初期症状の一つである全身倦怠感の出現が観察された 14)。その後、回復期(ビタミン B1 を1日当たり 0.7 mg 含む食事を与えた)に入ると血中ビタミン B1 濃度は速やかに上昇に転じ、2週間程度でほぼ元のレベルに戻り、全身倦怠感も消失している。
複数の知見をまとめた総説には「ビタミン B1 摂取量が 1,000 kcal 当たり 0.16 mg を下回ると脚気が出現するおそれがある。」とした記述が認められる 15)。これは、エネルギー摂取量を成人女性で 2,000 kcal/日、成人男性で 2,500 kcal/日とすると、0.32~0.40 mg/日に当たる。この総説では「1,000 kcal 当たり 0.3 mg に増やすと脚気の危険はほとんどなくなる。」とも記述されている。
14)桂 英輔.人体ビタミン B1 欠乏実験における臨床像について.ビタミン 1954; 7: 708─13.
15)Bates CJ. 木村美恵子(訳).チアミン.最新栄養学[第8版], Bowman BA, Russell RM(編).ILSI Press 2001.(日本語版 : 建帛社、2002: 189─95)
(出典)厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(全文)
このような実験ができてしまうことが昔らしいと感じるような引用文献だとタイトルから感じました。元の文献にアクセスすることが出来なかったので、4人という人数ならびにどのような実験かは分からず、どこまで一般化できるかは分かりません。しかしビタミンB12欠乏よりは、短い期間(週または月単位)のうちにビタミンB1欠乏になるということは言うことができそうです。また、ビタミンB1が代謝の際の補酵素であるという点からも1000 kcal当たりのビタミンンB1の含量によって欠乏症が生じるというのも納得で、目安にはなりそうです。
ビタミンB1は欠乏症だけであるのかも気になるので、そこも調べてみました。
ビタミンB1の 50mg/日以上の慢性的な服用は成人で頭痛、いらだち、不眠などの臨床症状を呈する。
(出典)『臨床栄養医学』, 日本臨床栄養学会(監修), 南山堂, 2009
通常の食品の可食部100 g当たりのビタミンB1含量が1 mgを超える食品は存在せず、通常の食品を摂取している者で過剰摂取による健康被害が生じたという報告は見当たらない。
また、生活習慣病の発症予防・重症化予防の直接的な関連を示す報告はない。
(出典)厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(全文)
このように、過剰摂取の心配は基本的にありません。また、生活習慣病との直接的な関連もないようです。過剰摂取となるような状況は、サプリメントの過剰摂取や医原性という状況であると推測できます。
ひとまず、白米にふりかけだけというような程度の食事だけで生活することは欠乏症のリスクであると感じました。普段の食事から少し気をつけていればいいというような認識と、白米(精米したもの)には穀物でもビタミンB1が含まれていないというようなことを再認識できました。消化吸収障害や偏食、もしくは日常的な高カロリー食(単位カロリーあたりのビタミンB1摂取量の低下)の摂取がなければ、欠乏症はそこまで意識しなくてもいいかもしれません。
今回はそれ以上に栄養学についての様々な教科書と出会い、生化学や生理学に触れる基礎栄養学や、内科のような臨床症状や疾患についてふれる臨床栄養学に出会いました。とりわけ基礎栄養学寄りの記載のあった教科書では、病態生理にもつながる生化学や生理学にも触れる良い機会となりました。他の栄養素のことも、この機会に学習できればと思います。
引き続きアウトプットしやすい内容であれば、脚気心・ニューロパチーの病態生理についても深堀りできればと思いました。
今回もお読みくださり、ありがとうございました。