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鉄欠乏性貧血③ 原因 ~成人男性/閉経後女性と悪性腫瘍~

鉄欠乏性貧血③ ICD原因

成人男性/閉経後女性の原因と悪性腫瘍まで~

 

<目次>

 

 前回まで、鉄欠乏性貧血の鉄欠乏の病態の進展や特徴的な検査結果(1回目)、さらに慢性炎症に伴う貧血(ACD)の合併、ビタミンB12欠乏・葉酸欠乏による巨赤芽球性貧血の合併をした際(2回目)について深掘りしてきました。

 前回までは検査結果を中心とした鉄欠乏に気がつくためのヒントを探してきましたが、今回は鉄欠乏性貧血の原因をチェックすることで鉄欠乏に気がつくヒントになればと思い、原因について調べてみたいと思います。

 

 

4.鉄欠乏性貧血の原因

4-1. ICDの原因: 需要と供給の視点から網羅的

 鉄欠乏性貧血(ICD)または鉄欠乏の原因を調べてみたいと思います。原因には、需要の亢進(例:出血、溶血、妊娠など)や供給の減少(例:PPIのような薬剤性、消化管異常・術後)のような分類があります。まずは、網羅的に探してみたいと思います。

 

鉄欠乏性貧血の原因

(出典)Hematology Am Soc Hematol Educ Program. 2019 Dec 6;2019(1):315-322.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 鉄欠乏性貧血が生じる原因を考える際に、実際に利用できる鉄が不足する状況として”availability”という表現を用いているのが上手ですね。鉄自体を摂取していたとしても、吸収や利用障害が生じる際も説明可能な上手な表現に感じます。

 また、アベイラビリティの低下の中でも、Sequestrationという分類があります。”sequestration”という単語が、「仮差押え、押収、没収」というような名詞や、「(金属イオンの)封鎖」というような名詞として用いられる事からもイメージがつかめるでしょうか。他にもsequestrationの例を挙げると、”splenic sequestration”という表現があります。脾臓で血球や血小板が貯留されてしまい血球減少や血小板減少が生じる際に”splenic sequestration”という表現が使われます。イメージはつかめましたでしょうか。

 慢性心不全(CHF)による消化管浮腫による吸収不良をはじめとする病態や、慢性腎臓病(CKD)によるEPO低下による赤血球産生低下による貯蔵鉄過剰(フェリチン増加)によるヘプシジンの増加やフェロポーチン1(FP1)の抑制が生じることによる鉄利用制限といった病態も想起しやすくなると思います。慢性炎症に伴う貧血(ACD)とは似ている面もありつつも貯蔵鉄過剰か起源というメカニズムも理解しやすくなります。

 IntakeやAbsorbtionの個別の原因をみていくと、制酸薬PPI、さらにはピロリ菌感染による萎縮性胃炎のような状況は、胃酸による鉄の還元やそれによる消化吸収の話と結びつきます。

 

 さらに鉄需要が増加する場合としても、大きくは生理的なものと、失血や出血があります。生理的な原因ではそれなりに運動をしていそうな人を診たら「スポーツ貧血」も忘れないようにすることも意識が必要そうです。失血や出血という括りを想起すれば、原因として消化性潰瘍血管異常といった原因も想起しやすくなると思います。訳して作ったスライドなので少し微妙なところはありますが、このように分類して考えれば、抜けなく原因となる鑑別を挙げやすくなると思います。

 

 これらを意識しつつ、どのような原因が多いかという疫学や、高齢者の悪性腫瘍のことも含めて探してみたいと思います。



4-2. ICDの原因: 疫学的な視点から

 需要と供給の視点から鉄欠乏性貧血(ICD)の原因を網羅的に挙げてきました。次は、やや実践的に疫学を意識した原因について深堀していきたいと思います。

 

鉄欠乏性貧血の原因

(出典)Am Fam Physician. 2013 Jan 15;87(2):98-104.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

  最も多かった原因から順に、不正出血(20-30%)、アスピリンなどのNSAIDsの長期使用(10-15%)、大腸癌(5-10%)、血管形成異常(5%)、献血(5%)、胃癌(5%)、消化性潰瘍(5%)、セリアック病(4-6%)、胃切除術(<5%)、ピロリ菌感染(<5%)、食道炎(2-4%)、食道癌(1-2%)、胃前庭部毛細血管拡張症(1-2%)、小腸腫瘍(1-2%)、血尿(1%)が、1%以上の原因でした。いくら、1%といえども罹患率や有病率が高い疾患の原因ため絶対数も多くなります。

 この中でも、不正出血(不正性器出血)NSAIDsの使用はとても多く感じました。不正出血からは女性が多いことは納得ですが、性器出血でそもそも鉄欠乏になりやすいことや、疼痛等でNSAIDsを使用している人でも多いということも忘れないようにする必要があると思います。

 セリアック病の有病率は西欧に比べて日本では少ないため、外国人診療や海外で診療する際に忘れないように意識したいと思います。胃癌だけでなく、胃癌にもつながるピロリ菌感染(H. pylori)はいずれも背景に萎縮性胃炎による胃酸の低下もありそうです。それにしても、不正出血以外では、胃をはじめとする消化管由来の原因の多さには着目すべきであると感じました。あとは、貧血の原因として献血5%という高さは盲点でした。他にも、出血失血の原因として毛細血管拡張症もあることから、出血の原因の奥深さ出血源チェックの大切さを感じます。

 

 ここでも、大腸癌(10%)、胃癌(5%)、食道癌(1-2%)、小腸腫瘍(1-2%)、膵臓の乳頭部癌(1%未満)と合計で15~20%程度の原因を悪性腫瘍が占めています。原因が悪性腫瘍となれば、高齢者のことが気になるので高齢者や悪性腫瘍と鉄欠乏性貧血について調べてみたいと思います。

 


【補足】鉄欠乏性貧血の疫学(日本)

鉄欠乏性貧血は世界で最も頻度の高い貧血であり、日本人女性で約8~10%の罹患率とされる。年齢を20~49歳に限ると20~26%とも報告されている。

(出典)内科学 第11版, 朝倉書店, 2017.

 女性での罹患率はとても高く絶対数も多いことから、Commonな疾患のUncommonなプレゼンテーションのように、Commonな病態(鉄欠乏)のUncommonな原因それなりにあるということになります。男性の罹患率も数パーセントであったような気がするのですが、信用できる信用元を探すことができませんでしたが、成人男性と閉経後の女性の年齢では本来は一般的な理由(性器出血など生理的な原因)の罹患率が下がり、悪性腫瘍出血源のチェックを意識することになると思いますので、調べてみます。

 

 

4-3. 成人男性/閉経後の女性とICD

 鉄欠乏性貧血が生理的に生じやすい月経に伴う貧血(女性)や、成長に伴う貧血(小児)は、原因として疑いやすいものがありますが、そうでない場合は原因が特に気になるところです。実際にどのようなことに気をつければよいのでしょうか。

 

男性および閉経後の女性では、消化器系の出血を除外すべきである。上部および下部内視鏡検査が推奨されているが、どちらの検査を先に行うべきか、また、最初の検査で出血源が見つかった場合、2番目の検査が必要であるかについては、明確なガイドラインがない。上部および下部管に同時に発生する病変はまれで、同時にみられるのは患者の1~9%でしかない。 しかし、ある研究では、セリアック病と鉄欠乏性貧血と診断された患者の12.2%に2次的な貧血源があり、その中には3例の大腸癌も含まれた。プライマリーケア領域において原因不明の鉄欠乏性貧血であった患者では、11%が新たに消化器がん(GI cancer)と診断された報告がある。さらに、50歳以上の患者の6%、65歳以上の患者の9%が、鉄欠乏性貧血の診断から2年以内に消化器系の悪性腫瘍と診断されたとするコホート研究がある。

(出典)Am Fam Physician. 2013 Jan 15;87(2):98-104.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 悪性腫瘍だけでなく、食道・胃静脈瘤や胃潰瘍などに伴う消化管出血も忘れてはいけないと再確認でした。徐々に慢性的に出血であれば貧血ですが、胃潰瘍でも例えばDieulafoy(デュラフォイ)潰瘍による動脈性出血のような急性出血にも気をつけたいものです。前回、慢性炎症(ACD)を調べたこともあり、悪性腫瘍に意識を持っていかれすぎていました。肝硬変の患者で静脈瘤、NSAIDsをよく飲んでいる患者で胃潰瘍というように想起して、気をつけるべきことがたくさんありそうです。

 もちろん、プライマリケア領域で原因不明のICDの患者のうち11%が消化器癌であったというのも、前述の疫学を含めて悪性腫瘍(特に消化器)にも、気をつけて内視鏡も意識したいところです。また、2年以内に消化器系の悪性腫瘍と診断されている報告があることからも精査やフォローアップも考えることになると思います。

 

 原因も様々ですが、やはり成人男性や閉経後の女性における悪性腫瘍が気になります。文献によりまちまちではありますが、消化管悪性腫瘍の割合が10%を超える文献もあります。慢性疾患による貧血(ACD)とオーバーラップしてくる面もありますが、鉄欠乏性貧血を見つけた際にしっかり消化管等の出血だけでなく悪性腫瘍除外することを意識したいものです。
 慢性炎症とオーバーラップしている場合は、内視鏡をして異常がなくても消化管の悪性腫瘍以外も含めて他の炎症を生じる腫瘍などの原因を考える必要も出てくると思います。

 

 

5.最後に ~治療法にも発見あり~

 3回に渡る鉄欠乏性貧血シリーズをお読みくださり、ありがとうございました。鉄欠乏性貧血やその原因をみつけるヒントとなれば幸いです。診断がつけば、後は治療になると思います。根本的な原因へも可能な範囲で治療介入しつつ、鉄剤を使用するようなことになります。鉄剤も様々な種類クエン酸第一鉄ナトリウム、硫酸鉄など)や投与方法(経口、静注)があります。

 鉄欠乏の治療においても、様々な知見も存在します。毎日サプリを飲んでいるような人からすれば、治療の場合も毎日鉄剤を使用したほうが良いと感じるかもしれません。しかし、そうではないような初見では意外と感じるエビデンスも存在します。

 

 鉄欠乏の若い女性への硫酸鉄の経口摂取における研究です。

  • 鉄の絶対吸収量は増加した (P< .001)ものの、吸収率は鉄投与量の増加とともに減少した (P< .001)。投与量は 6 倍 (40 から 240 mg) に増加したが、吸収される鉄の絶対量は約 3 倍 (6.7mg vs. 18.1 mg)しか増加しなかった。
  • 鉄剤を24時間以内に80、160、および 240 mg の用量で投与すると吸収が阻害され、投与量40 mgがもっとも吸収効率が良いことを示唆している。
  • 用量が 60 mg 以上の経口鉄剤は、投与が 48 時間間隔である場合に吸収率が高くなることを示唆している。

(出典)Blood. 2015 Oct 22;126(17):1981-9.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 ヘプシジンやフェリチン飽和度、PHep濃度といった指標やグラフも用いて、詳しく解説されています。硫酸鉄の経口鉄剤である点や若い女性である点もありますが、投与量によっては、毎日コンスタントに飲むことが必ずしも良いとは限らない、2日に1回の方が吸収効率が良いかもしれないという意味でも様々な投与方法(治療方法)を考えたり、エビデンスをチェックしたりするきっかけになるかもしれません。そして、新たなエビデンスに興味を持つのではないでしょうか。

 

 身近な疾患ながら、なかなか奥の深い鉄欠乏性貧血でした。本日もお読みくださりありがとうございました。

 

 

 

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