鉄欠乏性貧血②
~慢性炎症、ビタミンB12・葉酸欠乏との合併と貧血へのアプローチ~
<目次>
前回は、鉄欠乏性貧血① 鉄欠乏の進展と臨床検査ということで、鉄欠乏性貧血に至る病態や検査結果について深掘りしてきました。今回は、鉄欠乏性貧血と合併しやすかったり、診断を難しくしたりする慢性疾患による貧血(ACD)や巨赤芽球性貧血(ビタミンB12欠乏、葉酸欠乏)がオーバーラップした際のことについてチェックしていきたいと思います。
3.慢性炎症、ビタミンB12・葉酸欠乏との合併
それでは、鉄欠乏(鉄欠乏性貧血)と慢性炎症、ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏が合併した際にどのように検査結果が変化するのか、どのようなことに気をつければいいのか等を調べてみたいと思います。
まずは、鉄欠乏性貧血と慢性炎症に伴う貧血(慢性疾患による貧血 Anemia of Chronic Disease: ACD)、ビタミンB12欠乏・葉酸欠乏による貧血(巨赤芽球性貧血)を基本事項から比較してみたいと思います。
鉄欠乏性貧血、慢性炎症に伴う貧血、巨赤芽球性貧血(ビタミンB12欠乏、葉酸欠乏)を国試レベルでざっと比較してみました。慢性炎症による貧血と巨赤芽球性貧血によって比較する項目が大きく異なります。貧血では一般的に「血球減少している系統数のチェック、LDHと網状赤血球数をみて、…」とも言いますが、国試的な範囲から異なります。
巨赤芽球性貧血では、そもそも大球性正色素性貧血となります。鉄欠乏と同じく栄養素の不足による貧血であり、DNA合成障害による貧血です。LDHも上がりますが、MCVやMCH、MCHCの動きが慢性炎症による貧血とは異なり、赤血球指数(MCV)で貧血の分類をしていく中で分かります。
慢性炎症による貧血では、小球性貧血となる点は鉄欠乏性貧血と同じです。そのため、血清フェリチン値、TIBC、UIBCといった指標で判断していくことになります。
いずれにしても、栄養に偏りがある人では鉄欠乏とビタミンB12欠乏・葉酸欠乏は合併しやすく、鉄欠乏と慢性炎症は判断に困ったり、大腸がんのような状況で合併したりということで、区別をどうすればよいのかというのを具体的に深掘りしていきたいと思います。
【補足】貧血へのアプローチ(鑑別)
巨赤芽球性貧血と鉄欠乏性貧血の合併の場合、そもそもいずれも小球性貧血を呈するものではないので、その手前の部分で鑑別しつつ、一般的に貧血へアプローチする際に両者の合併に気がつくヒントがないのかという部分に着目してみたいと思います。MCV(平均赤血球容積)によって分類する方法だけでなく、網状赤血球やLDH、産生障害や出血・溶血の有無で分類する方法もあります。そのため、貧血の鑑別について一例を挙げて振り返ってみます。
貧血へのアプローチ(鑑別)
(出典)Pocket medicine: the Massachusetts General Hospital handbook of internal medicine, 2017 (6th edition).
Pocket Medicineでは、最初に網状赤血球指数(reticulocyte index: RI)〔網赤血球産生指数(reticulocyte production index: RPI)と同義〕によって大きく分けています。
RIは網状赤血球(網赤血球)をパラメータにもつ指標で、赤血球の産生、すなわち赤血球が減少したことに対する骨髄の反応性を見ています。骨髄での反応性があるか(赤血球が貧血を補うように産生されているか)で分類し、赤血球産生低下による貧血の中で、さらにMCVで小球性貧血、正球性貧血、大球性貧血に分類しています。
一方で、赤血球の破壊亢進または失血による場合は赤血球の産生低下はなく、骨髄としては赤血球を補おうとしている状況であり、貧血になった原因をLDHやBil(溶血により上昇)、ハプトグロビン(溶血により低下)といった結果や出血の有無から、溶血と急性の出血と区別しています。消化管出血の場合は、尿素窒素(BUN)やCre/BUN比も役立つことがあると思います。
鉄欠乏性貧血における鉄不足によるヘモグロビン合成にしても、巨赤芽球性貧血におけるビタミンB12欠乏・葉酸欠乏によるDNA合成障害しても、赤血球産生低下を招くということから、RI<2%の方に分類されています。網状赤血球をもとにした指標であるRIでは、国試のMCVでの鑑別の手前までしか絞り切れませんでした(もちろん、出血や溶血を鑑別することも大切)。そしてLDHでは鑑別できるわけではなく、MCVやさらにその先のフェリチンや鉄なども鑑別になるという程度でした。特に、新たな発見はありませんでした。
しかし、こうやって整理してみると貧血も学ぶことが多く、MCV以外による鑑別含め、他の貧血にも興味を持ってもらえるきっかけとなれば幸いです。
3-1. 巨赤芽球性貧血との合併: RDWに着目!?
気を取り直して、鉄欠乏性貧血とビタミンB12欠乏や葉酸欠乏が合併した際の特徴を探していきたいと思います。まずは、すぐに考えられるのは、鉄欠乏性貧血だけの場合に比べてMCVが上がる(小球性よりも正球性寄り)ということでしょうか。ヒントがこれだけなのかを調べてみたいと思います。
2つ以上の障害が存在する場合、MCVは赤血球の異なる集団の平均値となり、正常値となることがある。しかし、混合障害では赤血球分布幅(red cell distributuion width: RDW)が増加する。
(出典)セイントとチョプラの内科診療ガイド 第3版
なるほど!MCVが80-100 fL(正球性)であったとしても、MCV<80 fLであったとしても、MCV<70 fLほどではないとき〔前回記事①のMCVによる診断特性(尤度比)を参照〕でも、RDWが大きいと感じたときには疑うヒントになりそうですね。こうやって、言われれば納得でも、自分からは想起しにくいものを見つけられるというのは収穫だと感じました。
もう少しRDWについて深掘りしてみたいと思います。直接、鉄欠乏とビタミンB12欠乏または葉酸欠乏が合併した際のRDWについて具体的に示唆するものを見つけられませんでした。そこで、「大球性を呈しない巨赤芽球性貧血の診断の手掛かり」というタイトルの論文を見つけました。
貧血の患者が Hb <10 g/dl かつ、MCV 80-99 fLである場合、RDW >16%、RI <2%であれば、ビタミンB12/葉酸の測定を考慮すべきである。
(出典)Int J Lab Hematol. 2007 Jun;29(3):163-71. doi: 10.1111/j.1751-553X.2007.00911.x.
これは鵜呑みにはできず、あくまでビタミンB12欠乏や葉酸欠乏が隠れている可能性を大球性貧血以外の場合で想起するヒントになる指標です。272名の巨赤芽球性貧血の患者のうち20名がMCV≦99 fLであり、その患者をもとに考えられたものです。しかも、MCV≦99 fLの患者20名のうち、11名がサラセミア、3名がサラセミア+鉄欠乏、4名が鉄欠乏、2名が慢性疾患となっています。RDWが16%以上というのは、あくまで鉄欠乏性貧血に何かが合併したのとは異なるということも参考程度でしょう。
RDWに注目して、鉄欠乏性貧血のときのRDWについて調べてみたいと思います。
20-40歳の低色素性貧血の患者におけるRDW
(出典)Am J Hematol. 2002 Jan;69(1):31-3. doi: 10.1002/ajh.10011.
1年間の低色素性貧血の症例の検査結果の後ろ向き研究ですが、20歳から40歳と成人のRDWのデータをもとにしたものを見つけました。RDWが小児におけるサラセミアと鉄欠乏性貧血の鑑別に役立つということを示唆する論文が多く、成人例をやっとみつけることができました。
鉄欠乏性貧血では、RDW(%)=18.00±1.94ということで正常時よりも上昇しています。しかし、サラセミアでもRDWが上昇しています。αβ複合型サラセミアとβサラセミアによるRDWの違いもありますが、鉄欠乏性貧血(IDA)、サラセミアいずれにしても、RDWが増加するという程度のヒントかもしれません。それにしても、鉄欠乏性貧血でRDWが上昇するというのは、普段のルーチン検査で項目に入っているRDWをもっと興味をもってチェックするきっかけになるという意味でも発見かもしれません。
ここで鉄欠乏性貧血にビタミンB12欠乏や葉酸欠乏が加わったとしても、ここまでくるとカットオフを設けることも難しく、過去のデータとの比較等に頼ることになる場面が多いと感じます。できれば、セイントとチョプラの内科診断ガイドの裏付けや具体的なエビデンスが欲しかったのですが、諦めることにします。
さらに、小球性貧血であれば、鉄欠乏性貧血を鑑別に想起して行くことになると思うので、正球性貧血の際にも、RI(赤血球産生低下)やRDWもチェックしつつ、鉄欠乏性貧血も忘れないというようなところにしたいと思います。
3-2. 慢性炎症に伴う貧血(ACD)との合併
次に、慢性炎症に伴う貧血(慢性疾患による貧血、 anemia of chronic disease: ACD)と鉄欠乏性貧血(IDA)がオーバーラップした際のヒントを探してみたいと思います。
鉄欠乏性貧血と慢性疾患による貧血の検査結果
慢性疾患による貧血(ACD)のみと比較して、ACDに鉄欠乏性貧血を合併した場合では、小球性がより顕著になり、貧血が重症化する傾向がある。
(出典)N Engl J Med. 2005 Mar 10;352(10):1011-23. doi: 10.1056/NEJMra041809.
鉄欠乏性貧血(ICD)とICDとACDが合併している場合の差を比較していきたいと思います。血清鉄、トランスフェリン、トランスフェリン飽和度(=血清鉄/TIBC)、フェリチン(F)、可溶性トランスフェリン受容体(sTfR)、sTfR/F比(血清可溶性トランスフェリン受容体値/Log血清フェリチン値)、サイトカインを比較しています。ACDが合併することによる特徴は、トランスフェリン低下、サイトカイン(炎症性マーカー)上昇、フェリチンやsTfRが正常値のこともありうるというところでしょうか。鉄欠乏性貧血についての他のNEJMのReview(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25946282/)にも、機能性IDA(負の鉄平衡や鉄欠乏性赤血球産生の状態)を含めた包括的なものもありましたので、よろしければそちらもご覧ください。
フェリチンは急性期反応物質でもあり、慢性炎症または感染症の患者において上昇することがある。慢性炎症のある患者では、フェリチン値が50ng/mL未満であれば、鉄欠乏性貧血の可能性があります。フェリチン値が100ng/mL以上であれば、一般に鉄欠乏性貧血は除外されます。
(出典)Am Fam Physician. 2013 Jan 15;87(2):98-104.
炎症性マーカーとしてCRPやESR(赤沈)も参考になると思いますが、前回①でも取り上げたようにフェリチンも急性・慢性炎症によって上がるということも留意が必要だと思います。そして、それによって鉄欠乏によって低下するはずのフェリチンもやや上昇する可能性があると解釈できます。
慢性炎症による貧血の際に鉄欠乏性貧血を見逃さないようなヒントをさらに探してみたいと思います。
慢性心不全、慢性腎臓病もしくは炎症性腸疾患といった慢性疾患が背景にある患者において、次の条件を貧血を伴わない鉄欠乏として推奨している。
- 血清フェリチン < 100 ng/mL または、フェリチン飽和度(TSAT) < 20%
- 血清フェリチン値が100-300 ng/mLの場合はTSATが診断に必要。
(出典)Am J Hematol. 2017 Oct;92(10):1068-1078. doi: 10.1002/ajh.24820. Epub 2017 Jul 7.
慢性炎症(慢性疾患)があると鉄欠乏を否定しにくいということを感じました。あくまで、鉄欠乏性貧血ではなく鉄欠乏ではありますが、様々なガイドラインで上記のようなカットオフ値が使われているようです。貧血はcommonな病態でありながら、調べていくととても奥深く興味深いですね。
また、慢性心不全(CHF)による鉄欠乏の原因として、食欲低下や倦怠感、消化管浮腫による吸収低下、薬剤との兼ね合いというようなものまで挙げられていて興味深い文献でした。検査結果を中心に調べてきましたが、鉄欠乏性貧血を疑うきっかけとして原因も考えてみたいと思います。
4.鉄欠乏性貧血の原因
鉄欠乏性貧血の原因を鉄の需要と供給の視点から網羅的に挙げてみたり、疫学を意識したり、悪性腫瘍についても、次回以降に調べてみたいと思います。
【続編】
お待たせ致しました。続編(③)が完成致しました。続編もよろしくお願い致します。本日もお読みくださりありがとございました。
【関連記事】前編①
貧血の手がかり: 症状や身体所見