急性胆嚢炎とST上昇(心電図)
~心疾患以外のST上昇の鑑別まで~
<目次>
急性心筋梗塞(※STEMI)では、心電図(ECG)でST上昇が認められるというのは有名なことかと思います。
心窩部痛や上腹部痛、右季肋部痛で来たらどうでしょうか?心筋梗塞(胸部の疾患)も否定したいですよね。そこで心電図を取った場合にST上昇を認めたら、やっぱり心筋梗塞か?となると思います。もちろん、他にもブロックや心筋炎によるST上昇とか考えるとミラーリングの有無とかも気になるところではあると思いますが、心臓に原因があるとフォーカスすることになりそうです。
もちろん、問診で心筋梗塞であれば、Onsetや動脈硬化因子、放散痛、随伴症状と聞くことでヒントになる部分もありますが、やはりそれでは除外できないですよね。
今回は心筋梗塞を疑ったものの急性胆嚢炎という症例と巡り会う機会がありました。そこから、急性胆嚢炎と心電図変化について深掘りしてみたいと思います。
1.ST上昇の鑑別(心電図)
まずは、ST上昇の鑑別から調べてみます。もしかして教科書に載ってるぐらいの知識だったらどうしようとも思っています。心電図に関して安定したよりどころにもなる教科書をチェックしてみたいと思います。
〈ST上昇の鑑別診断〉
正常亜型
早期細分極
→上に凹のST上昇でQRS後半成分にノッチ(J波)を伴う。徐脈時に顕著。
・男性、若年者に多い。
虚血性心疾患
急性貫壁性心筋虚血(異型狭心症を含む)
急性および陳旧性心筋梗塞
持続性のST上昇
特に心拍数の上昇時に著明
急性心膜炎、急性心筋炎
左脚ブロック、左室肥大
右胸部誘導でみられる
Brugada症候群
その他
高カリウム血症、急性肺性心(肺血栓塞栓症など)、電気的除細動器、急性脳血管障害、頭部外傷、低体温、心臓腫瘍、心サルコイドーシス、エキノコッカス心嚢胞など
人工的原因
基線の動揺、心電図モニターにおける変化など
※1次性ST-T変化としてST低下、T波減高、陰性T波の見られる原因の中に胆嚢炎の記載があり。
(出典)心電図の読み方パーフェクトマニュアル 理論と波形パターンで徹底トレーニング!
心筋梗塞、心室壁運動異常、心室瘤、急性心膜炎、急性心筋炎、左脚ブロック、Brugada症候群あたりの心臓に原因があるものは納得の原因かと思います。一方で心臓以外の原因で、高カリウム血症、急性脳血管障害(くも膜下出血など)、低体温あたりは盲点のように感じました。特に、くも膜下出血をはじめとする脳血管障害でST上昇が認められるときがあるのは、驚きです。
くも膜下出血をはじめ、脳血管障害はST上昇だけなのでしょうか。他も探してみます。
くも膜下出血などの脳血管障害急性期の 50∼ 100% に心電図異常を認める。
主な変化は ST上昇、ST下降、大きな陽性T波、陰性 T波、QT延長、J波の出現、不整脈などである。とくにST変化、T波変化を伴う QTの延長が特徴的である。不 整脈の合併も多く洞頻脈、洞徐脈、心房細動、房室ブロック、心室性期外収縮、心室頻拍、心室細動など多彩である。
(出典)心電図の読み方パーフェクトマニュアル 理論と波形パターンで徹底トレーニング!
くも膜下出血(SAH)の際は、ST上昇に限らずST低下も含めたST変化、T波を伴うQTの延長なんですね。他にもくも膜下出血であれば、病歴で雷鳴様頭痛などがあればヒントにはなりそうです。(頭痛のないSAHとかもありますが)
さて、急性胆嚢炎ではST上昇というのはメジャーな所見ではないようですね。詳しく調べていきたいと思います。
2.急性胆嚢炎と心電図変化
Pubmedで検索してみるとReview articleはなかったのですが、症例報告が複数見つかりました。いくつか、チェックしてみたいと思います。
【症例1】56歳女性〔胸痛(放散のない刺されるような正中の痛み)〕
・II、III、aVF誘導にて2mmのST上昇
(出典)Case Rep Med. 2016;2016:3132654. doi: 10.1155/2016/3132654. Epub 2016 Jun 15.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27403165/
【症例2】心血管系疾患の既往のない34歳女性(上腹部痛)
(入院後)
・II、III誘導にて2mmのST上昇
・V5、V6、aVFにて1mmのST上昇
(出典)JSLS. Jan-Mar 2011;15(1):105-8. doi: 10.4293/108680811X13022985131534.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21902954/
【症例3】69歳女性(腹部違和感、発熱)
・V1誘導にてcoved型ST上昇(右脚ブロックあり)
(出典)Circ J. 2003 Sep;67(9):802-4. doi: 10.1253/circj.67.802.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12939560/
【症例4】63歳女性〔胸痛(間欠的、band-like、胸骨下の痛み)〕
・V1、V2、V3誘導にて3~4mmのST上昇
胆嚢の疾患と心疾患は長い間関連するとされてきた。この関連性に関して胆道拡張(膨満)による心電図変化であるとする研究が試みられてきた。これらの研究では、びまん性で非特異的なT波の陰転化(陰性T波)、ST低下が通常を認めるとのことである。
(出典)Mil Med. 2006 Dec;171(12):1255-8. doi: 10.7205/milmed.171.12.1255.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17256696/
他の症例報告(男性のものも)もありましたが、ST上昇のみられる誘導や形に規則性もなさそうですね。胆道拡張であれ、ST上昇をもたらすとすれば、他にもSTを生じる心臓関連以外の疾患(腹部疾患など)がないかも調べてみたいと思います。
3.消化器症状とST上昇
消化器症状を伴うST上昇の鑑別疾患
・肺炎、肺塞栓、穿孔性胃潰瘍
・腸閉塞、急性虫垂炎、急性膵炎、急性胆嚢炎、褐色細胞腫
・食道穿孔、腸間膜虚血、大動脈解離、Kounis症候群、電解質異常
胸痛を伴わない消化器症状における心電図のST上昇では、心エコーが心筋梗塞やたこつぼ心筋症との鑑別に役立つ。
(出典)Am J Emerg Med. 2021 Jun 4;49:137-141. doi: 10.1016/j.ajem.2021.05.067. Online ahead of print.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34111833/
ここまでいくと、もはや何でもST上昇ありですね。心電図でST上昇がみられても心筋梗塞やたこつぼ心筋症のような心疾患ではなくお腹の病気も疑うという前に、心エコーで確認したいですね。「ST上昇⇒心エコーで確認!」を第一にして、心エコーで心筋梗塞やたこつぼ心筋症でないときに、上記のような心疾患以外のST上昇の鑑別疾患を考えてみたいと思います。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。
本日取り上げた書籍になります。心電図関連として1冊持っておくと安心感のある本です。読者レビューを含め、気になる方はチェックしてみてください。