~AST上昇とAST/ALT比~
<目次>
腹痛の70歳代の患者さんで肝酵素(特にAST)が上昇しており、一見すると肝臓でも悪いのかと思えてしまうような症例がありました。数日前に急性発症した、腹部正中(上~下まで)の鈍痛です。痛みは耐えられるけど、辛そうです。後は下痢(詳細不明…)もありました。
紹介状では肝逸脱酵素上昇とのことです。「うーん、急性肝炎?」とまで絞らないにしても腹部の血管や消化管の破れる・捻れる・裂けるといった疾患は除外したいとか、すぐに思いつく人も多いと思います。心電図を取ったら、ST上昇があり心筋梗塞という症例でした。今回はSTEMI(ST上昇あり)でした。
消化管症状は、下壁梗塞によって迷走神経が亢進したことによって消化管蠕動が亢進し、下痢や嘔気が生じます。病態こそ知っている人も多いと思いますが、Bezold-Jarisch reflexというようです。
このような時にも、もちろん心電図を取れば解決するのですが、これが下腹部痛だったら心電図を取らない可能性すらありそうです。
「肝酵素の上昇は心筋梗塞のヒントになりうるのか?」、「心筋梗塞の症例にてどの程度見られるのか?」というような疑問が思い浮かびます。また、「もしNSTEMI(ST上昇なし)の場合はどうやって疑うのか? 」、「NSTEMIの特徴は?」というようなことも気になります。この辺りを調べていきたいと思います。
1.肝逸脱酵素上昇と鑑別・心筋梗塞
<肝酵素の上昇:血清AST、ALT>
主にAST上昇
→心筋梗塞、うっ血性心不全、筋疾患、溶血性疾患、腎疾患、急性膵炎
主にALT上昇
→急性肝炎、慢性活動性肝炎、アルコール性肝障害
AST・ALT両方の上昇
・肝硬変、肝癌、胆道閉塞
組織中のAST濃度が最も高いのは肝臓であり、ついで心臓、骨格筋、腎、脳、膵、肺、白血球、赤血球の順である。ALTも肝臓に多く含まれ、ASTに比し、肝特異性が高い。
AST、ALTは肝機能検査としてあまりに有名なため、その異常値を肝障害にすぐに結びつけがちですが、AST、ALTの異常は肝臓以外でも甲状腺疾患、筋疾患、血液疾患など多くの病態でみられることに留意する必要がある。
(出典)エキスパートの臨床知による検査値ハンドブック 第2版
検査そのものとして、ASTは心筋梗塞をはじめとする様々な疾患で上昇することは知られていそうです。恥ずかしい限りです。では、心筋梗塞におけるAST上昇について定量的な結果を探してみたいと思います。
1783名のST上昇型心筋梗塞(STEMI)の患者における初診時または1日後の肝酵素を調べたところ、患者の85.6%にてASTの上昇(正常値上限超え)を認め、48.2%にてALTの上昇(正常値上限超え)を認めた。
ASTとALTの上昇は独立した予後増悪の予測因子であった。
(出典)Coron Artery Dis. 2012 Jan;23(1):22-30. doi: 10.1097/MCA.0b013e32834e4ef1.
ASTは多くの症例で上昇している言えそうです。ALTは上昇していることもあるという程度でしょうか。次に、ASTとALTはそれぞれどの程度逸脱しているのかを調べてみます。さらに、ASTとALTの逸脱の程度ということなのでAST/ALT比も調べてみます。
2.STEMI・NSTEMIとAST・ALTの関係(AST/ALT比)
心筋梗塞にて入院となった患者120名の初回の採血データによる研究です。先ほどのよりは数は少ないですが、救急での状況を考えれば状況が近そうです。さらに中国の病院での前向き研究なので日本人に近いところもあるかもしれません。
<NSTEMIとSTEMIの患者の特徴>
患者120名(STEMI 76名、NSTEMI 44名)におけるAST/ALT比は2.853±2.025であった。STEMI患者、NSTEMI患者のAST/ALT比はそれぞれ、3.22±2.143、2.208±1.631で有意差があった。
(出典)Arch Med Sci Atheroscler Dis. 2020 Dec 26;5:e279-e283. doi: 10.5114/amsad.2020.103028. eCollection 2020.
STEMIとNSTEMIで比較されており、STEMIの方がAST/ALT比が高いそうです。いずれにしても、AST優位に上昇しうると考えて良さそうです。STEMIではAST/ALT比は3程度、NSTEMIでは2程度と考えても幅もあるので、心筋梗塞ではAST優位という程度を心に留めて、心電図を取りましょう!と思ってしまいました。
他にも、心筋梗塞の患者における狭窄の程度を予測するのにAST/ALT比などを比較している文献もありました。AST/ALT比が高い方が狭窄率が高いようです。(STEMIが貫壁性の梗塞、NSTEMIが非貫壁貫性の梗塞という原理を考えれば理解できるような…)
年齢、BMI、ALP、γ-GT、AST、ALT、クレアチニン(Cre)、トロポニン(Tro)を重要性で重みづけをし、パラメーターにしたROC曲線のAUCは69.7%(63.8%-75.5%)であった。
(出典)Arch Med Sci Atheroscler Dis. 2020 Dec 26;5:e279-e283. doi: 10.5114/amsad.2020.103028. eCollection 2020.
狭窄率まで一般的な検査で予測するのもアリですが、心筋梗塞であると分かればカテーテルに至るような気もするので、どこまでこだわるのかには疑問もあります。それ以上に重要性で重みづけ(プラス方向もマイナス方向も)までしたら複雑すぎて現場では使えなさそうな印象すら受けました。(詳しくは出典をお読みください)
さて、話を戻します。最後の文献でもASTとALTのデータも載っていました。ASTの上昇が、血管の直径の狭窄率(SD; Stenosis Diameter)の50%を境に次のようなデータがありました。
<心筋梗塞患者の狭窄率ごとの特徴>
Parameter
SD>50% (n=80)
SD<50% (n=27%)
P
AST
121.42±1.72
64.18±1.24
0.0077
ALT
59.23±1.33
53.48±2.1
0.7558
(出典)Arch Med Sci Atheroscler Dis. 2020 Dec 26;5:e279-e283. doi: 10.5114/amsad.2020.103028. eCollection 2020.
冠動脈の狭窄率が高い(NSTEMIよりSTEMI寄りと考えられる)人の方がASTの値が高そうだと予想できます。ALTはあまり変わらない(SD<50%とSD>50%の間でこの文献では有意差もなし)ということが予想できそうです。これらからも、AST/ALT比が高い方がSTEMIっぽいのかなとも考えられそうです。
~ちょっと今回の話の整理~
⇒特にASTが高い時、AST/ALT比が高い時:STEMIっぽいかな
⇒ASTがあまり高くない時、AST/ALT比があまり高くない時:NSTEMIっぽいかな
やっぱり、
「腹痛の時も心電図を忘れずに!」
ということで締めたいと思います。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。
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肝逸脱酵素ということでASTのみならず、肝機能検査、ALTやAST/ALT比を含めて広く取り扱ってみました。よろしければ、ご覧ください。