【番外編】病院の損益(収益・損失)イメージ
~自己研鑽(サービス残業)を時間外労働と認めたら赤字転落?~
<目次>
今回は、先月のとある出来事から「初期研修 中断のトリセツ ~お休み90日までなら2年で研修修了可能~」というブログ記事を書き始めたことをきっかけとしたものです。初期研修の中断を考える理由のひとつとして、自己研鑽(サービス残業)が理由に挙がりうるという話を書きました。現実問題、病院が「全職員のサービス残業を1時間/日認めただけでも赤字に転落」という程度の財政状況にあるところが多数あり、自己研鑽をなくすのはおろか、機械化・効率化含めた根本的な改善は難しいということを書きました。それを財務諸表等の数字から推測する補足記事(番外編)です。
財務諸表といっても、賃借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書といった分け方や、そこから流動比率、自己資本比率、手元流動性とかを詳しく調べて行くものではありません。今回は介護や医療材料の身内のような会社の話や急性期病院と同一グループのクリニック等といった話は抜きにして、急性期病院の財務諸表から「ちゃんと残業代が支払えるのか」にフォーカスして主に損益計算書(PL)(売上から仕入れ費用や人件費を引いて利益を計算するもの)と言うべきか、プライマリーバランスの部分を中心にチェックしていきます。
1.病院の収益・損益のイメージ
400床以上のよくありそうな急性期の市中病院のお金の流れ・バランスを調べてみます。財務諸表や損益計算書というようなキーワードと調べたい施設名で検索すると見つかります。
収益構造(割合)を分かりやすくするために年間の収益を100億円程度としています。本来であれば、収益100億円/年 規模の病院は300床台から400床程度の病院ですが、これよりも大きな病院の収益が100億円規模になるように調節しています(本来は600床を超えてくると収益は200億円/年にもなります)。
いかがでしょうか。もちろん施設ごとに異なりますが、あくまで傾向としてこの数字を見た際に意外とここの金額が多いとか少ないとか、発見があったのではないしょうか。損益(収支)が主に±数億円(2-3億円)の範囲内程度ということや、意外にも赤字の年度もあるというのは、今まで興味のなかった人には意外ではないでしょうか。損益計算書上では赤字でも、減価償却やキャッシュフローといった視点等も合わせると、決して病院建て替え等の大きな設備投資ができる(将来性がある)わけではありませんが、即時倒産という状況ではありません。
経常収益に目を向ければ、診療報酬だけでは赤字であり、恒常化している補助金や交付金、2020年度以降でいうとコロナ病床による補助金によって何とか黒字化しているというところもそれなりにあります。例えば、コロナ病床1床につき人件費補助という名目で1950万円/年というニュースを見たことがありますが、この収益100億円の病院がコロナ病床を10床もっていたとしたら、単純計算でもコロナ病床による補助金が2億円弱入っていることになります。コロナ病床補助金がなければ、赤字の可能性も高いでしょう。
また、営業外収益は極めて少ない(医療のみに近い)のも特徴的です。医療法人というのがまたもや特殊な仕組みなので仕方がないのかもしれません。営業外収益(営業外費用)が極めて少ないため、営業収益(もしくはプライマリーバランス)を基軸にして分かりやすくしています。
政令指定都市程度の規模の街やその周辺の地域にある市中の急性期病院の収益を調節し、収益100億円規模にしたものをイメージしています。競争原理や改善意識の働かないような施設、公共性の強い傾向にある患者さんの少ない地域や公立病院ではもっと収益が悪く、損益がマイナスのことやもっと補助金や交付金で支えている場合も考えられます。
経常費用のうち、最も多くの割合を占めているのは給与です。約4-5割を占めています。退職金を除いても、3.5~4割を占めています。そのため、仮に全職員がサービス残業している1時間/日を時間外労働として認めた場合(労働時間が1割増以上となる場合)には、経常費用の給与(退職金を除く)が1割は増えます。そうするだけで3億円や4億円の経常費用の増加となり、いくら前年度に黒字であったとしても赤字へ転落します。他にも2024年問題と外勤先の兼ね合いで時間外労働と認められない可能性もあります。そうなれば、成り行きで自己研鑽扱いとなってしまう可能性もあります。
他にも、経常費用の内訳として教育研修費もあり、いくら研修教育に割いているかもチェックできるでしょう。うあくまで財務上の都合でどの費用として計上するか曖昧な部分はあると思います。例えば、教育研修係として雇い、事務職として働かせているというような場合は、教育研修関係の給与扱いとなります(雇用時に未記載の業務内容へ変更の場合は従事すべき業務内容の更新のために被雇用者と交渉が必要ですが、日本で業務内容変更に伴って被雇用者の権利を意識してちゃんと交渉しているということはあまり多くないと思います。それで、そのまま教育係のまま、もしくは教育研修部門でのコストにしたいなど、様々な思惑がある場合もあるでしょう)。
ちなみに、利益2-3%(※損益±2-3%をプラスに捉えた場合)というのは、ここ数年前ぐらいに店舗が急に増えて経営が傾きはじめた某ステーキチェーンの会社や、バイトの給料も安く1品数百円行かないような値段設定の某焼き鳥チェーン店の会社の利益率と同じような数字です。安さが売りのところも似ていたり、人件費が多い傾向というのも似ていると損益計算書(PL)から感じたりするかもしれません。とりあえず損益計算書上では赤字でも、キャッシュフロー上は何とかなっていて、赤字を減らすためにもとにかく回すというような、先行投資のしずらい緩和規制後の中小運送業者と似ていると感じるかもしれません。薄利多売でも、ここは意外と某牛丼チェーンとは異なっていて、某牛丼チェーンは意外と「ここの牛丼が好き」という人がいて値上げに対して許容されているというような傾向もあります。
サービス残業(自己研鑽)や望まない長時間労働・連続勤務が蔓延っている職業であること、とを踏まえれば、医療AIや機械化のような形で人件費や労働環境を改善していくということも視野に入れるのもありかもしれません。国の介護・医療費の問題やそれによる診療報酬や薬価の問題、公共という側面の強い医療という傾向の強いものであることを考えれば、ホテルに例えれば、高級ホテルではなくビジネスホテルのような方向性でしょう。私自身はビジネスホテルも嫌いではなく、むしろ場所の効率化や受付の効率化・無人化など、感心する部分も大いにあります。
上記はあくまで一例ですが、客観的な数字をみることで様々なことが思い浮かんでくる人もいると思います。引き続き、数字を見てブレインストーミングのようなことをしみたいと思います。
2.数字を見てブレインストーミング
ここからは前述の内容を含め、ブレインストーミングのように病院の収益に関する数字(財務諸表、損益計算書等)をみて思うことを挙げてみました。
- 仮に全職員のサービス残業を1時間/日だけ時間外労働として認めただけでも赤字へ転落。
- 休日や夜間に市場価格で外部から医者等のバイトを募集したら、赤字?
- 経常費用のうち給与の占める割合の大小は個々の給料や環境ヒント?
- そもそも医師が米国のようにジョブホッピングしないから?医局やプライド等でできないから?
- ジョブホッピングのないことを前提とした給与がベースで診療報酬も決まっている?
- コロナ病床への補助金(1床約1950万円)がなければ赤字転落のリスク
- 補助金、交付金で穴埋めしている構造
- 医療だけでは単純には利益はでないようにして、補助金や交付金で国がコントロールする方針?今しばらくは急性期→在宅医療?
- 保険診療は制度にはめられた良くも悪くもみなし公務員のような職業?
- 給与削減は経営改善のひとつの手段
- 診療収益を1割増しにできれば、収益のうち占める割合も大きく効果が大きい
- むしろ営業外収益を開拓して増やしていくべき?医療法人では…
- 退職金が予想以上に多く、サンクコストからも雇用の流動性は低くなりがち?
- 機械化や効率化のための設備投資をする余裕はないところが多い?
- 効率化や機械化、もしくは時間外労働を認める方向による根本的な解決は難しい?
- 解決は難しいのであれば、就職時にサービス残業の程度をひとつの職場選考基準にいれ、すでに上手くいっている職場を選択すべき?
- 職場を国内外を問わず選べるように自分磨きに努める?
- 近視眼的に沈む船の座席争いをして、あざとく組織内・日本に残る?
- 自己研鑽という労働のダンピングと、技能実習制度という安価な労働力の構造は、改革のできないジリ貧の業界としての構造が似ている?
- 経営改善には給与だけでなく材料費の削減もひとつ
- 病院アライアンスや巨大法人による数の論理で材料費を値切るようにして生き残りをかける?
- 値切られた医療材料会社や製薬会社も苦しい状況?
- プライマリーバランスだけでは無理!?
- 様々な視点から解決策を考えるには、長い・広い視点での先行投資ができる基盤が必要?
- 保険医療×急性期医療という枠組みの在り方を考え直す?
- 可能性があるのは保険診療外?
- 国内のみならず、医療という日本の巨大産業(年120兆円超)から得られるものを海外で活用するしかない?
- 保険制度では病院ごとの付加価値を公平につけることが難しい面がある(一律ではあるが)
- 医療の病気になって保険診療という診療報酬や考え、流れを変える?
- 給与問題から人員が増やせないなら、とりわけ大変な夜間の医療(救急外来等)のあり方を考え直す?
- 国レベルで薄利多売モデルの診療報酬の見直し?
- 医療資源の分配見直し: 医療の公共性、高齢者医療の在り方(例:がん治療)
- 医療の在り方の見直し:患者側の意識・民度、持続可能な医療、医師の業務内容やNurse Practitioner、ITの導入等
- 既存の仕組みの上に新たな物事より、うまくいくのはゼロベース?日本の保険診療の世界の外へ?
- もっと広い枠で考える?シルバーデモクラシーの結果?優先順位は?高齢者・人口減が困る医療からの離脱?
挙げてもキリがなさそうです(笑)。いったん思考を発散させて、あとで調べながら収束させるというような過程が役立つことがあると思います。数字だけでは新たなことはなかなか生まれてこないことを克服しやすいと思います。今回は初期研修の中断を考えている人向けの記事の補足なのでこれぐらいにしようと思いますが、従来の臨床以外の道も考えている人をはじめ、ぜひいろいろ考えてみて楽しんでみてください。
3.最後に ~数字による気づきへ~
数字をきっかけに見てみると今回のように興味深いこともあります。自身の勤め先のことが気になれば、財務諸表、損益計算書(PL)、賃借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CS)、決算書、(財産増減計算書、直近であれば収支予算書)というようなキーワードとともに検索してみてください。特に財務3表(PL、BS、CS)を3つとも見ることで、多方的に見ることができるでしょう。例えば、過去に建てた建物の減価償却費用があることで財務諸表上で赤字になっているけど、何とかなっている自転車操業状態の病院(もう建て替えする余力はない)というようなことも分かるでしょう。
他にも、身近な会社の収益を見てみると少し見る目が変わるかもしれません。小売業(スーパー)だと思っていたら稼ぎ頭は金融事業と不動産事業であるとか、鉄道会社の収益のうち不動産事業は侮れないとか、いろいろなことに気がつくでしょう。医療はあまり変化がないかもしれませんが、一見するとWithコロナで過去と同じように見えても、在宅、オンライン等による見えやすい部分〔BtoC(例:小売業)〕だけでなくBtoBの分野)でも業態の転換に迫られていることがわかるような収益の変化が見えてくるでしょう。決算、有価証券報告書、決算短信(決算の速報ダイジェスト版のようなもの)、アメリカの会社であれば10-KやForm 10-Kというようなキーワードと共に検索してみましょう。
決算書の読み方が全く分からない人向けに、決算書を分かりやすく図(鶴亀算のような図)を用いて比較しながら説明している『決算書の比較図鑑』という、とっかかりになる入門書もありました。身近な会社の例に挙げながら、説明されている点も理解しやすく、親近感が湧きやすいと思います。
一方で、自己研鑽(サービス残業)の程度は数字を見ていても、正直な部署や施設以外では正確な数字には出てこず、日本での時間外労働時間と相関する物事の評価はとても難しいでしょう。会社の決算報告書をみると企業イメージと実態も乖離があるでしょう。しかし、少しでもそういうような部分を見つけるヒントや対策するヒントとなるような数字をみつけるお手伝いができれば幸いです。
本日もお読みくださりありがとうございました。
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