瞳孔散大とショック(血圧低下)
<目次>
末期担癌患者さんのショックバイタル(血圧の測定も△)で両側の瞳孔が散大している患者さんのお話を聞きました。救急では「ABCDの順で」といっても瞳孔散大(Dの異常)を見かけるとABCよりも目につきやすく気になってしまいそうですね。
今回は、そのような瞳孔所見について深掘りしていきます。
1.瞳孔所見と鑑別
まずは瞳孔が解剖学的に何によって調節されているかを知ることで鑑別疾患を考えることができると思うので、調べてみました。
正常の瞳孔径の調節は、虹彩、第II・III脳神経、および眼球に分布する交感神経によって維持されている。
(出典)マクギーのフィジカル診断学 原著第4版
ということは、虹彩、第II脳神経(視神経)、第III脳神経(動眼神経)、交感神経(もしくは副交感神経とのバランス)によって瞳孔所見が決まってくると言えますね。対光反射の経路と混同してしまいそうな私自身がいます(笑)
では、瞳孔所見と鑑別疾患を調べてみました。
所見
鑑別疾患
両側縮瞳
(瞳孔径2mm以下)
ほとんど全ての代謝性昏睡
・高二酸化血症
・有機リン中毒
・モルヒネ中毒
間脳の両側障害
中脳破壊病変(対光反射も消失)
瞳孔散大
・抗コリン薬中毒(興奮・昏迷の場合)
・低酸素血症(深昏睡の場合)
瞳孔散大+眼球運動障害
片側性で対光反射が直接間接ともに消失
・末梢動眼神経麻痺
→脳出血、脳ヘルニア
瞳孔不同+対光反射遅延
・てんかん(Seizure)の発作中・発作後
両側散大と対光反射消失
(非常に重篤な全身状態)
・心肺停止後
・低体温
意識を司る脳幹網様体と瞳孔支配の神経経路は隣接しており、昏睡患者に見られる瞳孔異常は脳幹の障害を強く疑うべきである。昏睡には代謝性(内因性・代謝性)と器質性によるものがあり、瞳孔調節は代謝による影響を受けにくいため、昏睡+対光反射消失=器質性疾患(代謝性疾患を除外)と考えて良い。
(出典)疾患を絞り込む・見抜く!身体所見からの臨床診断
刺激を与えれば何らかの反応を得られる状態(昏迷)であれば、代謝性疾患も器質性疾患考えられて、刺激に全くの反応がない状態(昏睡)であれば、器質性疾患というのは、盲点でした。
他にも、瞳孔不同であればてんかん、片側性瞳孔散大+対光反射消失であれば脳出血や脳ヘルニアというような末梢動眼神経麻痺ということで、瞳孔に左右差があれば頭を疑うとも言えそうです。
2.瞳孔散大(散瞳) dilated pupil, mydriasis
さらに瞳孔散大の部分だけを深掘りしていきます。
<瞳孔散瞳の原因>
病態
備考
生理的瞳孔不同
(Physiologic anisocoria)
・ほのかな明かりの中で0.4mm以上の瞳孔不同があることがある
・対光反射は正常、明暗によらず一定の瞳孔差
動眼神経の圧迫
(Hutchinson pupil)
・腫瘍、動脈瘤、外傷病変など
・最も多い原因はPCoA, ICAの動脈瘤
(動眼神経麻痺 118名中45名がPCoAでったという報告もある)
緊張性瞳孔
Tonic pupil
毛様体神経節の障害(原因の多くは不明)
・特発性で片側性=Adie pupil
・シェーグレン症候群、巨細胞性動脈炎、関節リウマチを含む膠原病、傍腫瘍症候群、アミロイドーシス、アルコール性、糖尿病性の末梢神経障害との関連があるとする報告もある
中毒性・薬剤性
Toxic (pharmacologic) pupil
両側性の散瞳(片側性は様々)
→中枢神経に作用する物質:アトロピン、スコポラミン、アンフェタミン、マリファナ(大麻)、LSD、グルテチミド
・外来で多い(指→眼):スコポラミン、ベラドンナ
・入院患者で多い:抗コリン剤(吸入)→例:吸入気管支拡張薬
・アサガオ(Jimson weed含む):スコポラミン、アトロピン、ヒヨスチアミンを含むアルカロイド)
ボツリヌス毒素
(他の多くのtoxic pupilと異なり1%ピロカルピンに反応する)
その他
・先天性
・良性一過性片側性散瞳症(片頭痛の女性に多い)
・”Tadpole pupil”:虹彩拡張筋の発作性分節性けいれんによる
→オタマジャクシのような形になる
→交感神経障害の初期徴候:ホルネル症候群の1/3以上
・角膜形成術や眼科手術(対光反射なし)
・外傷 →例:cat’s eye
・多くの場合、瞳孔散大は副交感神経支配障害を意味し、対光反射は保たれる
・動眼神経の副交感神経線維はもっとも動眼神経の最も外側を通る
→動脈瘤などの外部からの圧迫が最も疑われる
(出典)Curr Opin Ophthalmol. 2013 Nov;24(6):550-7. doi: 10.1097/ICU.0000000000000005.
しかし、今回の瞳孔散大を調べるきっかけとなったショックバイタル(血圧低下)に関しては直接的には言及されていません。ショックで交感神経が亢進したことによって瞳孔散大となるのでしょうか?
3.瞳孔散大と循環血漿量減少性ショック
さらにショックバイタル(血圧低下)と瞳孔散大の関係性がないかを探してみました。次のような症例報告のようなものがありました。
<17歳女性 循環血漿量減少性ショックの症例>
【バイタルサイン】
収縮期血圧 85 mmHg(元々130 mmHg), 心拍数 85 回/分(数分間は115 回/分以上)
急性出血性循環血漿量の減少により交感神経活性が生じた。全身での交感神経の亢進が、理論的には瞳孔散大を生じさせたとされる。
この症例では心壁の破裂もあり、血行動態が不安定であったため全般的な脳虚血によって瞳孔散大が生じたことも考えられる。
(出典)Br J Neurosurg. 2020 Apr;34(2):235. doi: 10.1080/02688697.2020.1718602. Epub 2020 Jan 28
いずれにしても、瞳孔散大は循環血漿量減少性ショック(hypovolemic shock)の警告になるということは心に留めておきたいと思います。
~最後に~
瞳孔の異常を見つけても、短絡的にD(Dysfunction of CNS)の異常に目を奪われる前に、Airway, Breathing, Circulation(ABC)も大丈夫かを忘れないようにしたいと思います。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。