"Med-Hobbyist" 医学の趣味人 アウトプット日記

医学の趣味人"Med-Hobbyist"のブログへようこそ。医学に関連する「なぜ」・「なに」といった好奇心を大切にする場所として、体験・読書をシェアする場所として、過去の失敗談やヒヤリを棚卸する場所として、傷を舐め合う場所ではなく何かヒントを得られるような場所にしたいと思います。少しでもお役に立てば幸いです。

お餅 de 食餌性イレウス(餅イレウス)

お餅といえば? お正月!?

お餅による食餌性イレウス(餅イレウス

 

<目次>

 

 

 お正月のあたりで話題にあがった、お餅による食餌性イレウスをはじめとする消化管障害(イレウス、潰瘍、穿孔)について調べてみた記事です。お餅をはじめとする食品を喉に詰まらせる(気道閉塞)のイメージから、お餅による食餌性イレウスの年齢層を勝手にイメージしていました。しかし、お餅による食餌性イレウスを調べてみたところ、私自身の想像していた年齢層よりも若い人に多いというところもあり、それをきっかけに調べてみたブログ記事です。

 タイトルは少しPOPすぎたかもしれませんが、下手にひらがなが続くと読みにくそうなので、このようなタイトルにしました。

 

1. お餅のど詰まる

 本題のお餅による食餌性イレウスの前に、お餅といえばお正月に食べるイメージでしょうか。「お餅をのどに詰まらせないように」という部分に注意を向けている高齢者も多いと思います。消費者庁の平成30年の資料によると、高齢者の「ものが詰まる等」事故による救急搬送者数(平成28年)では、90歳以上がもっとも多い状態でした。

 

「ものが詰まる等」事故による救急搬送者数

f:id:mk-med:20220112151842j:plain

  • 食品別では、食物(食品であるが詳細不明のもの)424人、おかゆ類110人、餅88人、御飯79人、肉76人
  • 発生月別では1月が27人(30.7%)で最多

(出典)消費者庁 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_181226_0001.pdf

 

 すべてがお餅のデータではないですが、ヒントにはなりそうです。いずれにしても高齢者になれば、歯牙の状態、唾液量、咀嚼・嚥下機能の低下より注意が必要というは言えそうです。



2. 食餌性イレウス:意外若い?

 それは本題の食餌性イレウスのお話に映りたいと思います。「お餅がのどに詰まる」のイメージで、お餅による食餌性イレウス好発年齢(年齢層)もぼんやり考えていました。しかし、恥ずかしながら食餌性イレウスの年齢層(平均年齢)が想像より若かったというところから調べるに至りました。まずは、そのきっかけとなった症例報告の考察部分から紹介します。

 

餅による食餌性イレウスの2例

  • 食餌性イレウスイレウス手術例の2~5.1%と報告されており、比較的まれな疾患である。
  • 1988年から2001年における日本での食餌性イレウス手術例は51例であり、年齢は2~81歳、平均52.6歳であった。
  • 食餌内容はコンニャク類が12例(23.5%)と最も多く、次いで餅9例(17.6%)、海藻類7例(13.7%)が多かった。餅は原因になりやすい食餌であった。

(出典)日本腹部救急医学会雑誌 24 (1): 73~77, 2004

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaem1993/24/1/24_1_73/_article/-char/ja/

 

 これを見る限り、食餌性イレウス手術例において、お餅は2割弱であるものの50歳前半というのは若い印象を持ち、食餌性イレウスお餅による食餌性イレウスについて切り分けで、お餅によるものを深掘りしてみようと思いました。

 

 

 

3. お餅による消化管障害(食餌性イレウス

 それでは、お餅による食餌性イレウス(餅イレウス臨床像などについて調べていきたいと思います。

3-1.文献①:162例+経験8症例特徴

 お餅による食餌性イレウスを調べていったところ、さすがにお餅によるイレウスのReview Articleや二次文献(UpToDate)は見つかりませんでした。お餅による消化管障害としてイレウス、消化管潰瘍、消化管穿孔についての件数の多めの症例報告をはじめとする文献を見つけました。これらを見ていこうと思います。

 

餅による消化管障害(イレウス、穿孔、潰瘍)の162例と経験8症例の特徴

  • 1968 年から 2012 年までに報告された餅による消化管障害は、医学中央雑誌と
    MEDLINE で餅(rice cake)、食餌(food)、閉塞(ileus, obstruction)、穿孔(perforation)、潰 瘍(ulcer)をキーワードに検索したところ、小腸閉塞・穿孔 136 例(うち会議録 49 例,集計 40 例)、胃内異物・潰瘍 8 例(うち会議録 3 例)、食道異物・潰瘍 7 例(うち会議録 3 例)、十二指腸異物・潰瘍 2 例(うち会議録 1 例)、S状結腸穿孔 2 例(うち会議録 1 例)の,計 155 例を認めた。
  • すべて本邦からの報告であったが、その理由として、原料であるもち米がアジアに限られた栽培作物であること、他国の餅食品と異なり本邦の餅はもち米を 100% 使用し,調整(餅つき)することによって独特の物性を有すること、さまざまな行事の際に摂取する食文化があること、などが考えられる。

 

  • 出版されている症例報告145例の特徴(まとめ)は表の通り。

イレウス 145例のまとめ
  • 餅の摂取から症状発現までの時間は、摂取直後に発症する食道潰瘍を除くと、多くの症例で数時間から1日以内であり、遅くとも4日以内に発現していた。

 

<発症年齢分布と性別>

f:id:mk-med:20220112152347j:plain

  • 餅による消化管障害の好発年齢は50~60歳代
  • 男女比は約2:1と男性に多い

 

<月別の発症数>

  • 10月から徐々に増え始め、特に1月に集中
  • 年間79件:(多い月)10月3件、11月6件、12月11件、1月49件、2月4件

 

<食餌性イレウス

  • イレウス全体の0.3~5.9%
  • 原因となった食餌は、1988年から2002年の集計ではコンニャク類(23.5%)について餅(17.6%)が第2位であった

 

<食餌性イレウスの原因>

①食餌の咀嚼不十分(歯牙欠損,義歯,早食い,丸呑み癖)

②食餌自体が咀嚼・消化困難

③水分による食餌の膨張

④腸管の器質的異常(狭窄、憩室、過長、胃切除後)

⑤腸管麻痺作用を持つ食物(ケシの実、ふすま、燕麦など)

⑥空腹時摂取ならびに胃酸過多 など

  • 自験例において、義歯あるいは早食い癖のある症例は8例中7例(87.5%)であった。

 

<餅イレウスの診断とCT値>

  • 問診による食餌内容の確認に加えて、CT検査が非常に有用である
  • 餅のCT像は、均一な、高濃度物質、高吸収物質、高吸収物質、high density materialと表現される。
  • CT値についての記載のある症例は少ないが、145HU、136HU、124~206HU、約150HU、約170HU、自験例では120~174HUと数値は近似している。
  • 近年、腹部超音波検査も食餌性イレウスの診断に有用といわれているが、原因の特定よりも、イレウスの早期診断や異物の移動、腸管拡張の経時的観察が簡便に行えるところにあると考えられた。

 

(出典)日消誌 2013;110:1804―1813

ci.nii.ac.jp

 

 発症年齢がイメージより若かったという部分に関して納得できました。お餅による食餌性イレウス8例中7例で義歯早食い癖の指摘があったように、よく噛まない・よく噛めないというのが原因になりそうです。

 発症年齢が50-60歳代であるのも、80歳代や90歳代になるとよく噛まずに餅を食べる(飲み込む)ことができない、つまり大きな餅がそれ以前にのどに詰まるとも考えられそうです。

 ”餅イレウス145症例”の表からの、臨床像も参考になりました。多くの人(71%)はお餅を食べてから数時間から1日以内にやってくるというのに加え、症状も腹痛がほぼ必発でやってくるというイメージができました。

 

 疫学的には、イレウスのうち食餌性イレウスは多くなく、「イレウスを疑ったとき」+「1月(特にお餅を食べそうなお正月シーズン)」には事前確率が高くなりそうなので「お餅」を想起しつつ、食餌性イレウスの原因となりそうな食事がないかを問診してみるのもありかもしれません。

 さらには、腹部の手術歴が36%ということで、もともとイレウスを生じやすい人に餅による食餌性イレウスも生じやすいと考えられそうです。

 

 あとは、日本特有イレウスの原因に近いという部分も、ジャポニカ米やお正月という文化と密接に関連していると感じずにはいられませんでした。つきたてのお餅はおいしいと感じますが、つきたてでもないお餅でも正月になると食べることがなぜか増える/なぜかスーパーで見かけることが増える風物詩かもしれませんね。

 

 この文献は、餅による食餌性イレウス含む消化管障害におけるCT診断の有用性についての検討でした。そのため、食餌性イレウスの際の食物ごとの小腸閉塞の際のCTや超音波の画像の比較もあり、楽しい内容でした。よろしければ、CT・超音波画像は出典をご覧ください。



3-2.文献②(14例英語文献)

 PubMedでも日本のお餅による食餌性イレウスについての英語文献を見つけました。日本にいれば、お餅は当たり前ですが、海外に向けてはむしろ地域性・民族性のあるレア症例というところでしょうか。Introductionが一番印象的でした。

 

“Rice cake ileus--a rare and ethnic but important disease status in east-southern Asia”

Introduction

  Rice cake is a unique food in Japan and in some Asian countries. Japanese food is now becoming very popular in the United States and European countries. Thus, doctors should be aware of the diseases caused by new food cultures such as rice cake. Rice cake has never known as a cause of alimentary tract obstruction.

 

(出典)Intern Med. 2011;50(22):2737-9. doi: 10.2169/internalmedicine.50.6152. Epub 2011 Nov 15

 

 こちらも、英語であることや、餅イレウスの世界での特殊性について触れている点をのぞけば、先ほどのように臨床像を掴むヒントになると思います。

 

14例の餅イレウスの特徴

<疫学>

  • 男性症例:5例(35.7%)、平均年齢64.0歳(52-82歳)
  • 女性症例:9例(64.3%)、平均年齢は65.1歳(53-79歳)
  • 全症例とも餅摂取後24時間以内
  • 1月が8名(57.1%)で最も多い
  • 腹部手術の既往:10例(71.4%)

 

<症状>

  • 腹部疝痛(100%)
  • 悪心(85.7%)
  • 嘔吐(64.3%)

 

<身体所見>

  • 腹部:圧痛(100%)、筋性防御(28.6%)

 

<CT所見>

  • 高吸収物質の確認(100%)
  • 腹水(14.3%)

※虚血性変化は観察されず

 

<治療>

手術症例はなし

  • 経鼻胃管(short tube)4例(28.6%)
  • イレウス管(long tube)4例(28.6%)

 

(出典)Intern Med. 2011;50(22):2737-9. doi: 10.2169/internalmedicine.50.6152. Epub 2011 Nov 15

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 男女比に関しては今回の症例報告では女性の方が多い傾向でした。文献ごとに差異もありますが、お餅を食べてから24時間以内腹痛という点や50~60歳代に多そうであるという点、腹部手術の既往がある人に多い点、お餅を食べる1月に多い点は共通点ですね。

 さらには、CTでの高吸収物質というのも「お餅」という診断にまで至るかはさておき、消化管に何かあるということを掴むことには役立ちそうです。

 

【補足:様々な食餌性イレウス

 食餌性イレウスの原因となる食材等(物も)は地域性時代・ブームといった食べるものへの影響もあり本当に多彩です。気になる食材などのキーワードとセットに探してみまると興味深いかもしれません。CT画像も興味深いものもあります。

 下記のような食餌性イレウスのリストをみると、意外なものもあると思います。乾燥食材、シイタケ、イナゴやら海外では軍用パンまでありました。そこから、症例報告などを検索してみるとよいでしょう。

www.jstage.jst.go.jp

 

4.まとめ

 今回は、2つの文献を中心に見てみましたが、まとめると餅による食餌性イレウスには以下のような特徴があると考えられそうです。

 

  1. 好発年齢:50~60歳代
  2. 餅の摂取後24時間以内発症が多い
  3. 腹部の外科手術(開腹手術)の既往がある人に多い
  4. 症状:腹痛がほぼ必発し、嘔気嘔吐のような他のイレウスの症状も多い
  5. 身体所見:腹部所見(圧痛など)を認めることが多い
  6. 検査:CTにて高吸収物質を認める
  7. 治療:主に経過観察または経鼻胃管やイレウス管(手術症例は少ない

 

 早くとも来年まで、お餅による食餌性イレウス・消化管障害の知識は使うことはないかもしれませんが、忘備録としておきます。また、お餅を食べる食生活の変化、年齢構成の変化によってもっとレアな症例になるかもしれませんね。

 

 

追記:お餅を食べる時に…

 お餅を食べる時に食餌性イレウスになりにくくする(少しでも予防する)にはどうしたらいいかを考察してみました。

 前述の内容に加え、餅による食餌性イレウスでは次のようなことが、症例報告の考察部分にありました。

  • 繊維性食物が原因になることは消化が悪いためと考えられるが、炭水化物で消化の良い餅が柔らかい状態ではイレウスの原因にはならないと考えられる。しかし硬くなった餅は消化が悪く、また腸管を閉塞し腸管穿孔にいたることもある。
  • 餅は消化が良いので飲み込んでも良いと判断して柔らかい餅は当然、硬い餅まで飲み込むことが原因となっている可能性がある。

(出典)日臨外会誌 65 (9), 2362-2367, 2004.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ringe1998/65/9/65_9_2362/_article/-char/ja/

 

 あくまで症例報告の考察部分ですが、これも餅イレウスの予防には役立ちそうです。確かに固い状態(冷めた状態)のお餅は消化しにくそうですし、でんぷんの形態も暖かい時と異なり保存に適した状態になっています。

 

 予防のためには、「お餅は小さく、そしてゆっくりよく噛んで食べる」+「固いお餅に注意(水分+温める)」というお餅に限らず多くの場合で当たり前のところに落ち着くのかもしれません。

 

 本日もお読みくださり、ありがとうございました。